第3話. 俺の身体、誘拐事件





「よし!んじゃ、隊長んとこに案内してくれ」
気持ちの切り替えができたのか、晴れやかな顔で榛名が言う。クリスは少し首を傾げた。
「もちろん良いが、少年。お前の…」
「あぁ、忘れてたな。俺は榛名だ。榛名純真」
「ハルナか。わかったが、このまま隊長の元へ行ってもどうにもならんと思うぞ」
「は?…何か問題あんのか?」
クリスが着ぐるみパジャマな以上、格好に問題があるとも思えないしな、と呟きつつ自分の制服を眺める。制服と言っても学ランの下は私服のシャツを着ていたし、ピアスもベルトの色も校則違反ではあるのだが。
クリスは首を振り、ポケットから今度は小さめの棒つき飴を取り出して、言った。

「魂だけではな。身体もないと、繋げようがないのではないか?」
「ん?そらそうだろ。…何言ってんだ、俺の身体ならそこに」
榛名は自分が横たえられているであろう場所を振り返った。途端、硬直した。

彼は気付いていなかったが、クリスに会ってから7、8分は経っている。それは救急車が来るには短かったが、

「先程、お前と同じ年頃の小僧共が3人でどこかへ持って行ったぞ」
「……」
誰かがその場から持ち去るには充分な時間だったのである。榛名の額に青筋が立った。
「おっ前…見てたんなら言えよ…」
「ふむ…お前への説明が先かと思ってな。奴らは友人か何かなのだろう?」
「いや、何にしろ身体キープしとかねーと駄目じゃねぇか!それ先に言えよ!」
「…それもそうじゃな。次は気をつける」
「…マジ頼むぜ、ほんと……」
ガクリと肩を落として呟くと、クリスは胸を張りフフン、と笑った。

「任せておけ」
「……」
とてつもない不安を抱きつつ、榛名は深く息を吐いた。少なくとも身体を取り戻してその中に入れるまで、この少女との付き合いは続くのだから。


【第3話 俺の身体、誘拐事件】


とある廃ビルの中…薄汚れた部屋で、高校生らしき少年三人は、中央に横たわっている榛名を囲むように立っている。彼らはつい先程殴り合い――と言うにはいささか一方的だったのだが――に負けたばかりで、その顔や身体には擦り傷や打撲痕が残っていた。

「やったッスね、ハギさん!ようやく榛名に痛い目見せてやれますよ」
「ヒヒッ、まぁ落ち着け、会沢…こっからが本番だ」
「…俺相田ッス」
「ハギさん、会沢は俺です」
二人はおずおずと小声で突っ込んだが、笑みを浮かべて榛名を睨む彼には聞こえていないようだ。
埃をかぶった机からロープらしき物を取ると、榛名の傍らに放る。

「手足縛っとけ。いつ起きるかわかったもんじゃねぇ」
「そうッスね。流石ハギさん!」
「しっかし、榛名のヤロウが急にぶっ倒れるなんて…ほんとラッキーだぜ」
ハギさんこと萩原がニヤニヤして言うと、後の二人も頷いた。
榛名は全く知らない事だったが、実はこの三人…榛名に返り討ちにされたのは今朝で12回目。何度挑んでも瞬殺され、何度会っても顔すら覚えてもらえないのである。

「すぐ目ぇ覚ましちまうようなら、そのまま立ち去るつもりだったが…完ペキ気絶してんだもん、コイツ」
「俺らは友達で、倒れたのは持病だって話…周りの奴皆信じてましたしね!」
会沢は足を縛りながらそう返し、先に手を縛り終えた相田は榛名の顔を覗き込んだ。まるで深い眠りについているかのように見える。
「全然起きないッスね」
「会沢、ちょっと殴ってやれ」
「相田です……」
やや不満げに呟いたが、萩原は全く聞いていない。相田は床にしゃがんだ状態のまま、おそるおそる榛名を見つめ…右拳でコツン、と小突いてみた。

しーん。

いつもなら、届く前に自分のより何倍も重い拳に吹っ飛ばされていたが、今は届いた。
いつもなら、悪魔どころか魔王そのもののような恐ろしい眼差しに震えていた。が、今その目は閉じたまま、開く様子はない。

「……。」
三人は顔を見合わせてニヤリと笑い、ゴクリと喉を鳴らした。今なら何をやっても起きないかもしれない。

――これまでの恨み、全てぶつけてしまおうか。

「どうしてやろっかな、コイツ…お前らは何したい?」
「負けましたって落書きして写真撮ってやりましょう!」
「いやここは勇気出して、俺らにど…土下座させた写真を」
「何で写真ばっかだ。まずはシバき倒すに決まってんだろ?…それとも、こんな状態でもまだコイツが怖ぇのか?」
「な、んなワケないじゃないですか!」
「じゃあ蹴ってみろ」
「いッ…!?」
会沢は一瞬ギクリとしたが、何もしないわけにもいかず、そっと榛名に近付いた。その身体が全く動かないのを眺めてから、そろりと右足を動かし――…爪先でチョン、とつついた。

……。

「や、やりましたよハギさ」
「バカか!!」
頭に拳骨を食らい、会沢はその場にうずくまった。それを見て笑っていた相田も、一瞬後に同じ目に遭う。
「ちまちました攻撃しやがって、お前らそんなに榛名が怖ぇか!!」
「つってもハギさん…俺ら何回コイツにボコボコにされたか」
「ヤクザ相手に勝った事もあるらしいし…」
「うっせェ!よく見とけ、こうやんだ、よッ!」
萩原はツカツカ歩み寄って榛名の後頭部をゴッ、と蹴飛ばした。蹴られた勢いそのままに頭は少し傾いたが、榛名が起きる気配はない。内心ハラハラして見守っていた萩原は、数秒後ニヤリと笑った。

「ケッ、榛名なんざこんなもんよ」
「すげェ!流石ハギさん!な、相田!」
「……」
「?聞いてんのか、相田」
拳骨を食らい、相田はしゃがんでいた。痛みに涙を浮かべつつ、八つ当たりに榛名の腕をつついているところだった。
しかし今は不安げな表情で、彼は唐突に榛名の腕を掴み、そしてすぐ、放り投げるように離した。

「は、ハギさ…」
「何だよ…」
最早小さく震える相田に不安を覚え、動揺を隠しながら萩原が呟く。会沢は一体何だと首を傾げ、同じように榛名の腕を掴んだ。
「!?つ、冷たくなってきてる…」
「……は!?」
「…でる……」
思わず叫んだ萩原の耳に、相田の掠れた声が聞こえた。

「コイツ死んでるんスよ、ハギさん!!」