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【空中ブランコ乗りの話】


そこの君、うちの猛獣使いを見なかったかい。
髪が長くて背が高くて…ああ、そうだね。世間じゃ美人って言われてるけど。
俺はそういう風には思わないけどね。

それで見たの?見てないの?
曲芸師に会いに行くところを見た?そう、あいつに。ふーん…
何の用事とか言ってた?見ただけじゃ知ってるわけないか。
ああいや、向こうに用事があるならいいんだ、俺は後で。

何かあったのかって?そうだ、聞いてくれよ。
あいつが新しく持ってきた犬が俺の手を噛んだんだ。もう三度目!
俺はサーカスの花形だっていうのに、ブランコが掴めなくなったらどうする気なんだか。
それに、向こうに見習いの小僧がいるだろ?
あいつの手袋もたまに血の匂いがするんだ。きっと被害者は俺だけじゃない。

まあ…すぐ離してくれたし、深い傷じゃないんだけどね。
ほら、この通り自分の体重も支えられるよ。でも結局痛いんだけど。
だから三度目の正直って事もあって、今度こそ謝ってもらえるかと思ったんだ。
おかしいだろ、足でちょっと頭を小突いただけで噛みついてくるなんてさ。まったくあいつは猛獣使いのくせして、躾がなってないんだから。





【団長の話】


これはどうも、よくいらっしゃいました。
私が当サーカスの団長をしております。初めまして。
ああ、どうか声に驚かないでいただきたい。これは機械で出しているのです。
この仮面とマントでもおかわりいただけるかと思いますが、
当サーカスでは団長の正体は完全に秘密。

今日あなたが見た誰かが私かもしれないし、舞台に上がらない何者かが私かもしれない。
詮索は無用に願いますよ、これはうちの伝統ですから。
もし知ってしまったら…ふふ、猛獣に食べられてしまうかもしれませんね。

私達がこの町に来た理由ですか?
確かに都会から遠く離れた田舎ですが、そう不思議な事でもありません。
実はうちがまだ小さな劇団だった頃、この町を拠点にしていたのです。
外れにある小劇場はご存じですか?
もうとっくに潰れてしまいましたが、あそこには大変お世話になりました。
昨日見てきましたが随分と廃れてしまって…寂しいものですね、知っているものが無くなるのは。

しかし、古い劇場というのもなかなか味がある。
人気もないですし、内緒話をするにはちょうど良い場所かもしれませんね。





【メモ】


・男の多いサーカスだ。会っていない女性は見習いの2人だけ。昔は女性も多かったようだが、女性には働きづらくなったのか…?
・よく喋るオウムがいたが、愛玩用であって舞台には出さないらしい。愛玩用というか、余計な言葉を覚え過ぎただけだと思うが…。
・見習いは酒を飲んではいけないらしい。可哀想に。
・突然の悲鳴。女子トイレに黒くてカサカサ動くものが出たらしい。ブランコ乗りが向かったが、私は色んな意味で入れなかった。

・団長は私より少し低いくらいの身長だった。マントが足元まであるとはいえ、中腰にしているような違和感はなかった。
・帰り際、どこか見覚えのある小太りの男とすれ違った。あれは誰だっただろうか…やはり見覚えがないような気もする。
・曲芸師と話す猛獣使いは顔をしかめ、首を振っていた。彼らは一体何を話していたのだろうか。
・道化師の言葉が気になる。明日は朝食を食べたらすぐ新聞を買おう。彼は団長が何かすると知っていて止めないのか…何かのイベントか?





【朝刊の切り抜き】

昨夜遅く、××町の建物内で男女の遺体が発見された。
第一発見者と亡くなった男女は共に××町を訪れていたサーカスの団員であり、第一発見者は女に現場へと呼び出されていたが、彼が到着した時には既に二人は亡くなっていた。

建物は町外れにある今はもう閉鎖された小劇場で、舞台上にいた彼らに向かい、老朽化した舞台照明が丸ごと落下した。
客席の照明はついており、二人がやったのか定かでないが、そちらだけ電源が引かれていた。

舞台照明に積もっていたもの、また落下の衝撃で舞台の埃が舞いあがったのだろう、発見された二人は全身が埃まみれだった。
飛び出しかけた眼球だけでなく、鼻腔、口内にも埃が入り込んでおり、即死でなかった可能性が高い。
遺体は客席を見つめる形で倒れており、第一発見者のショックも大きかったようだ。
身体が歪に曲がった状態で、外出血も少ない上に埃が降り積もり、血だまりはあまり目につかない。

現場は「壊れた人形が落ちているかのようだ」と表現された。
客席から照らされる舞台の上、埃まみれの歪な遺体。こちらを見つめる目と目が合って、現場を見た警察官が「夢に出てきそうだ」「吐き気がする」と発言し非難を浴びている。
しかし実際に嘔吐してしまった者もいたようだから、それが無理もない景色だったのだろう。

「自分が遺体を見ているというより、人型の何かに自分を見られている気になった」。
第一発見者のこの言葉が、より正確に現場を現しているものと思われる。
サーカスでは人気役者の二人だけに、民衆の悲しみも大きい。





【団長の話】


ああ、これはどうも、昨日振りですね。お元気ですか?
こちらは見ての通り元気ですよ。少し予想外な事もありましたが…
二人の事ですか?いえ、私の言う予想外はちょっと違います。物は同じなんですが、内容が違うというか。
…誰か死ぬとわかってたのかって?やめてください、物騒な。
あの建物は我がサーカスにとって思い入れのある場所だというだけですよ。

二人の死は本当に残念です。仲間としてもそうですが、この町の公演期間が残っていますし。
だからサーカスは残りますが、僕はもうすぐいなくなるかもしれません。
その時は彼らも連れて行ってあげた方がいいのかな?
原因から離れたとしても、彼から抜けるかわからないけど。薄れる可能性はありますしね。
彼さえ治れば、ノイズみたいになってるあの鳥も少しは静まるでしょう。
仲良く再出発といきましょうかね。

本当はもう長らく、仲間に対して諦めてたんですけど。でもほら、今回動きがあったから。
あいつも一緒に来るって言いそうですが、そこはおいらの力の見せどころかな。

…何の話をしているのかって?
知らない方が良いですよ、世の中知らぬが仏だらけです。
知ってしまったら上手く見逃すか、全力で逃げるかのどちらかで。
でもどちらを選ぶにせよ、俺は御免ですよ。
妙な薬漬けにされるのはね。





【???より】


とある日の夕方から翌朝までが過ぎました。
誰がどんな人物で、いつ何が起こっていたのか。
今このノートを読んでいるあなたには、それがわかったでしょうか。

これまでサーカスを取材してきた彼は、何もかもわかって逃げて行きましたよ。
知ってしまった事実を手放すから、だから自分に手を出すなと。
そう伝えるために、敢えてサーカスのすぐ側にノートを捨てて行きました。

つまり、彼がそう伝えたかった相手がこの近くにいるという事です。
そして、その相手がノートを処分する前にこれを拾い、読んでしまったあなた。
見てはならないものを見て、知ってしまいましたね。
今度不幸な目に遭うのは、あなたかもしれません。

…ノートを読んだ上に書いてるお前はどうなんだって?
まあよく考えてみてください、こんな事を書けるのは誰かって。
そうしたところで、誰にも何もされない自信があるのは誰かって。
あなたがこれを拾って読んでしまうのを待っていたのは、誰かって。

わかりましたか?わかりませんか?
誰か知りたいのなら、さあ。



後ろを振り返ってみてください





Fin.