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【道化師の話】


やあ、こんにちは。
君は「グロテスク」の意味を知っているかい?
装飾文様じゃない方だよ、言語的には形容動詞の方だ。

『ひどく異様なさま、怪奇なさま。異様、グロ』。
もちろん私は辞書をひいたよ。
それも電子辞書の方だ。紙の辞書は重いし指を切るからね。

それでまあ、何を言いたいかって言うとだね。
グロテスクでありたいからといって、別に血も臓器もいらないって事さ。
ピエロは怖いという人がいるけれど、それもある種、僕らのメイクや動きにグロテスクなものを感じているんだろうね。

…え?嫌じゃないかって?
そんな事はないよ、その気持ちはわからなくはないからね。
だってあたし、こんな顔の人間見たことないし。鏡以外ではね(笑)。

…結局なんでこの話をしたかって?
そりゃあ君、わかってよ。
わからなかったら明日の朝刊でも見てよ。
きっとうちの団長が仕掛けた『ショー』が載ってるからさ。
忠実なフリはしてるけど、俺だってたまには愚痴をこぼしたいのさ。




【猛獣使いの話】


私が知っている事…ですか?
そうですね、このサーカスはサーカスはごく普通だという事くらいでしょうか。
ほらら、役者は大体有名どころが揃ってるでしょう?
ピエロとか…ブランコとか。
猛獣使いはどうなんでしょうね。
人は猛獣の方方方ばかり見ているから、あまり目立っていないと思いますよ。

いえいえ、いいんです。
猛獣こそが主役であって、私は影でそれを操る事に楽しみを感じていますし、
まあ、やりがいでもあるんです。

変わった事は本当にないのかって?
あるといえばあるんじゃないですかね、このサーカスにしかないもものが。
なにかって、そりゃ当然全部ですよ。
猛獣使いなんてあちこちにあちちこちにいますけど、私はここにしかいない。
全員そうですよ、見習いの子まで全部ね。
他とは違う人がやっている。当たり前の事です。

まあだからといって、全員と仲が良いか良いかと聞かれたら、違うんですけどね。
私にだだって人の好き嫌いはあります。
食べ物の好き嫌いもしますけど。





【曲芸師の話】


ああ、嫌だね。
何って、あの金切声がだよ。
怒った女ってのは何でああもキーキーうるさいのかね。
こちとら芸の練習が忙しいのに、見習いがやるような些事をいくつも言いつけてくる。やってもやってもキリがない。

あんまり腹が立ったから、さっきは俺まででかい声出して喧嘩しちまったよ。色々言い過ぎたかなぁとは思うけど、俺だって随分と我慢したんだ。
もうご勘弁願いたいのさ、あいつのわがままに付き合わされるのは。

出てくのかって?んな事はしないさ。
元々…団長の芸が好きで入ったんだ、多少の事じゃ出ていけないね。
それに、さっき言われたんだよ。今までの事を謝りたいとさ。今夜は懐かしい場所で、酒でも持ち寄って語ろうじゃないかってね。

もちろん行くつもりさ。
それで、昔みたく楽しくやれないかって、話してみるよ。
皆で馬鹿やってそれがウケる、あの頃が俺は一番好きだったんだ。
なのに…いつからこうなっちまったのかねぇ。





【見習いの話】


忙しい、忙しい。
あれ、そんなところで何をしているんですか?
そこに居たって団長には会えませんよ。
今はお食事中ですから向こうにいらっしゃいます。
聞きたい事があるなら、食後には多少時間があると…、僕にですか?
少しだけなら構いませんよ。でも手短にお願いします。
何せ手が足りなくて。

見習いの数が他よりずっと少ないんですよ。意外ですか?
でも仕方ないんですよ。やたら怒鳴られたり、必要のない用事を言いつけられたり。
皆、辞めていくか……いえ、辞めていくだけですね。

団員は大抵の方は優しいんですが、一部は少し。
どこにでもある人間関係だと思いますから、騒ぐのは勘弁してください。
…おっと、そろそろ行かなくちゃ。

いえね、団長が食後に飲む薬の調達とか準備、僕が任されてるんですよ。
ええ、昔ちょっとだけ薬学をかじったもので。
薬は数年前に勧めてからずっと飲まれてます。団長がよく効くというので、他にも何名か。
今向こうで逆立ちをしてる方とか…っと、薬の事より団長ですよね。
じゃあ、行きましょうか。





【踊り子の話】


全くびっくりさせてくれるわ。
あいつの事よ、逆立ちで私を追いかけて楽しんでるの!
そんな風に来られると思わず逃げちゃうのが人間の心理ってものじゃない?
なのに…あら、違う?そうでもない?
でも私はそう思うし、とりあえず逃げようとするわ。私はね。

面白いからつい許しちゃうけど、それも頻度が少なければの話だわ。
数年前からだんだん多くなってね、最近は普段でも急に逆立ちしてたりするの。いきなり出くわしたらそれはもう驚くんだから。

彼は何でそんな事をするかって?
構ってほしいんでしょ。私が好きなのよ、恋人になってほしいんですって。
でも私あんな男タイプじゃないわ。
ちょっと傲慢で自信家だし、私以外には偉そうな態度を取りがちで。割といい仕事するのに、残念よね。
ふざけて笑わせてくれるのは構わないけど、しつこく言い寄ってくるのは嫌。

だから聞いてみたの、私の為に人が殺せる?って。それほど私が好きなら考えてあげてもいいわよ、って。
できるとか言ってたけど、馬鹿よね。
もしできたとしても、私が人殺しを好きになるわけないじゃない。





【オウムの話】


ショーが始まります、ショーが始まります。
お客様、困ります。困ります。こちらはサーカス団員専用通路。
困りまます。こちらはサーカス団員専用専用用通路。
お席に座ったら立ち上がらず、どうか最後まで当サーカスをお楽しみください。
オウム、喋ります。おいらは喋るオウム、名前はオウム。

私さっき言ったでしょう、どうしてまだやってないの!?
オウム、いいですか。今から私が言う事を言う事をくり返してみるんです。
いい加減にしろ!お前のその癇癪で何人辞めたと思ってるんだ!
ああ、ああ、愛しいあの子の頼みなら。人ってどうやったら死ぬのかなぁ。

わかりました、あの新しく入った女ですね。任せてください。
ショーが終わります、ショーが決まりました。
いやぁね、だからやめてって言ってるじゃない。来ないでってば。
僕の苦労をわかってくれてる人っているのかなぁ。いらないけど。

口答えはいい!早く!!ああ、本当に使えない奴!!
サーカス、終わらない。
また来てください、サーカス!サーカス!