第0話 榛名純真、死亡





街はいたって平和だった。
朝日降り注ぐ中小鳥はさえずり鳩が鳴く。駅に向かって小走りになるサラリーマンやOLを眺めながら、何人かの高校生が道路脇の歩道を歩いていた。
まだ時間にはかなり余裕があり、どれだけのんびり歩いても遅刻などありえない。彼らは“早めに学校に着きたい組”なのだろう。すぐ側の道を入った細い路地裏で何が起きているかなど、知る由もない。


ドスッ 「ぐぇっ」
ゴッ 「ぶはっ」
ベキン 「がッ」
どさっと、人の落ちる音がする。地面に折り重なって倒れている三人の高校生を見下ろし、彼らとは違う学校の制服を着た少年は、固く握っていた拳を解いた。

「…よし。これで続きが読める」
ニヤリと笑った彼の顔はあまりに壮絶で、悔しそうにそちらを見ていた三人は途端に気絶したフリを決め込んだ。
別に、彼も殴られて血まみれだったという事ではない。ほぼ無傷である。彼はただちょっと目つきが悪いために、笑っても悪魔の笑みにしか見えないだけだ。
「二度と俺に喧嘩売ってくんじゃねぇぞ…」
笑みを浮かべたまま地面の漫画を拾い、三人には目もくれずに少年は言う。気絶したフリをしている三人は何も言わないまま、ただ鬼が去るのを今か今かと待っていた。


【第0話 榛名純真、死亡】


彼は榛名純真(ハルナシュンマ)という名を持ち、身長は180センチあり、現在高校二年生であった。
生まれた時から目つきが悪く、本人にその気がなくとも色々な人に絡まれる。それを返り討っている内にすっかり不良のレッテルを貼られてしまったが、まぁ別に良いかと自由気ままに過ごしている次第だ。
成績は中の下、髪は染めていないが左耳にピアスをつけている。
「…ここで終わりかよ」
開けっ放しの学生鞄に読み終わった漫画を放り込み、榛名は一つ、欠伸をした。
――ガッコ着いたら屋上でもう一眠りするか。
待ち伏せが同じ日に二件ある事は稀であり、もう邪魔する奴はいないだろうと考えた榛名は早く行って寝てしまおうと思う。

彼は知らなかった。
道の先から誰かが駆けてきている事を。

今から渡ろうとした信号が点滅を始め、辿り着く頃には赤に変わる。待っているのもダルいので今渡ってしまおうと、榛名は駆け出した。

彼は知らなかった――というより、視えていなかった。
今まさに一人の少女が自分の脇をすり抜けようとしており、走りながら何か振り上げたという事を。
全く、完全に、認識できなかったのである。

ゴッ!!…どさっ…

――最もその少女は、周りを歩く他の誰の目にも同じように、全く視えない存在だったのだが。


倒れた榛名は息をしておらず、またその心臓は動いていなかった。建物の影に隠れ様子をうかがっている例の三人も、しっかりとそれを目撃していた。

高校生 榛名純真が死亡した、その瞬間を。