第2話. 殺人兵器、千歳飴




「これを見い」
「?」
すっと挙げた右手の先がほんの一瞬光り、気づけば桃色のビニールに包まれた固そうな何かを握っていた。クリスティーナの身長の半分は越してしまいそうな長さで、上の方に鶴、下の方に亀が描かれている。真ん中の辺りには白い文字で食品名が書かれていた。
榛名は訝しげな顔で、それを読み上げる。
「…千歳飴だよな、クリスティーニ」
「クリスティーナじゃ。長いならクリスで良い」


【第2話 殺人兵器、千歳飴】


「じゃあクリス。その飴が何なんだよ」
「飴ではない。これは魂体分離機器、総称を“刈生”」
「カリウ?言いにくいな」
「魂を狩る、生を刈る道具だから刈生と言う。これは千歳飴型なのじゃ」
型とつくからには他にも色々な形があるのだろう。クリスは千歳飴を右手で少し振ってから、左手も重ねてバットのように振り抜いた。
小さい身体に合わないビュッという音が聞こえ、座ったままだった榛名の顔にぶわっと強風が吹きつける。
「魂と身体を分離させる力は備わっているからな、切断系なら切り離す、殴打系なら叩き出す感じじゃ。よーは何でもアリじゃ」
「それ使ったのか…そういやデコぶっ叩かれた感じあったな。アレか」
「それじゃ」
「……で、何でやったんだ」
そこが問題だった。
魂と身体を分ける仕組みよりもずっと。クリスはしばし無言の間を置き、深刻な表情でペロペロキャンディを舐めていた。
つい今まで持っていた千歳飴はいつの間にか消えており、やがて視線を榛名に移すと、なんとも軽い調子で呟いた。

「事故じゃ」
「…事故?」
聞き直すと、一つ頷いてクリスは腕組みをした。左手にはちゃんと飴を持ったままだ。
「私が先程魂を狩る予定だったのは、お前の後ろ〜の方を歩いていた小僧じゃ。イチノセユウヤ、17歳だったか」
「一ノ瀬…って、うちのクラスの秀才じゃねぇか。あいつ今日死ぬ予定だったのか…?」
「うむ、対象者の近くに来た私は刈生を取り出し、勢いつけて走っておった。そしたら何かでかいのが居たんで、避けるのも面倒じゃし……」
「…叩いたのか。面倒だからって」
「違う。跳んで、刈生はお前の頭上を通らせようとしたんじゃ。ぴょーいと」
ペロペロキャンディを榛名に見立て、クリスは右手の人差し指がその上を通り過ぎるように空中に弧を描いた。
「じゃがお前、急に走り出したな?お陰でぶつかってしもうた」
「ほォ…俺が悪ィみたいな言い方だな」
実際に飴と指を同時に動かしてぶつけてみせるクリスに、榛名は引きつった笑みを向ける。強く握りすぎて震えている右拳は上げるだけに留め、心の中で冷静になれ相手は子供だと必死に自分に言い聞かせていた。

「つーか、魂抜いちまうような危ねぇモン振り回してんじゃねぇよ」
「仕方なかろう、対象者が近かったのじゃ」
「仕方ないか?これ…まぁ過ぎた事は過ぎた事か。いいからさっさと戻してくれ」
握っていた拳を解いて軽く振り、胡座をかいた膝の上に置く。
自分を身体に戻すため、クリスが何か出すなり言うなりするのを待っていたが…彼女は静かに飴を持ち、こちらをじっと見ているだけだった。

「…?何してんだ、早く戻せって」
「無理じゃ」
「はぁ!?」
「先程も言ったであろう、我らは魂を狩るのが仕事、一度分離した身体と魂を再び繋げるなど、専門外もいいとこじゃ」
「…っざけんなよ!んじゃ俺はどうすりゃ良いんだ!!」
座っていたのが思わず片膝立ちになり、クリスの肩を掴む。相も変わらぬ平然とした顔が腹立たしかったが、彼女に力を奮う無意味さは承知していた。
肩の服だけを強く掴んでくる手を見やり、クリスは榛名に目を向ける。

「私にはできん。じゃが、隊長ならどうにかできるかもわからん」
「隊長…?」
掴む手をゆっくり解き、信憑性を確かめるように言葉を繰り返した。クリスは真剣な表情で頷き、ようやく飴を腹のポケットにしまう。
「隊長がどうにもできんなら、神に頼んでみるのも策じゃ。代償で私がどうにかされるやもしれんがな」
「どうにかって…代わりにお前が死ぬのか?」
「いや、もう死んでおるから…魂が消える、というのが正しいな。輪廻の輪から外れるだけじゃが」
「だけって、お前…」
輪廻転生の言葉なら知っていた。その輪から外れるという事は、二度と生まれ変われないということ。存在の完全な消滅に他ならない。自分を死なせたとはいえ、こんな少女にそれをさせるのは抵抗があった。
苦い顔をする榛名に、クリスはびしっと人差し指を突きつける。
「間違って魂を狩るなどひどい失態じゃ。お前が死んだのは私の責、できるだけの事をするのが当然じゃ」
「…お前まだガキじゃ」
「安心せい、死んでから長らく過ごしておる。…何じゃ、悪そうな顔して中身は随分気弱じゃな」
「…わーったよ」
わざと挑発の言葉を並べたクリスは、返事を聞いて初めて笑った。口角が少し上がる程度だったが、それを受けて榛名もニヤリと笑う。

「頼むぜ、クリス」
「任せておけ」
フンと胸を張る小さなカンガルー少女の頭をぽんぽん叩き、榛名は立ち上がった。
「誤って死なされた」などとんでもない事ではあるのだが、これも前向きに考えれば、人生が終わる前に死後の世界を知るチャンス。滅多にない機会じゃねぇかと心で呟き、空を見上げた。

人生の幕を閉じるに相応しくない、雲ばかり見える晴天だった。