第4話. 誘拐犯、逃走





人通りも少なく、八割方廃れてしまった雰囲気の路地裏。電灯も切れかかっているため、夜は通り魔の一人二人出てきそうな勢いだ。昼間でも薄暗く、ひったくりの多発地域である。
そんな危ういこの道を、榛名とクリスは堂々と歩いていた。
もしたった今誰かが昼の犯行を狙ったとして、この二人が相手では怖がらせる事さえ不可能だっただろう。…もちろん、普通の人間に今の彼らは見えないが。

「おい…ホントにこっちに向かってったんだよな」
「あぁ、この目でキチンと目撃した。間違いなく、あの小僧共はこちらの方角へ運んで行ったぞ」
「くそ…どこ行ったんだそいつら」
もう10分は探していた。榛名は苛立たしげにため息をつき、元から鋭い目つきを更に恐ろしいものにしている。
クリスは口の中で棒つき飴をモゴモゴ動かし、次は何味にしようか考えていたが…隣からの「ちゃんと探してんだろうな」という視線を受け、フム、と肩をすくめる。

「近々私が狩る予定の者以外、現在地の把握はできぬのじゃ。顔と名前がハッキリしておれば、何かしら理由をつけて、本部に検索も頼めるが」
「ハッキリしねぇ以上、地道に探すしかねぇってワケか…無事なんだろうな、俺の身体…何かしてたらそいつらタダじゃおかねぇ…」
ギリギリと拳を握りしめて前を睨む。元に戻る方法があったとして、身体がボロボロでは話にならない。
「だが、あ奴らはお前の友人と名乗っていたと思うぞ。本当にそうかはさておき、多少は知り合いではないのか」
「知り合いなんざ殆どバカだが…救急車シカトして、自分らでなんとかしようとするようなバカはいねー」
「三人組じゃ。心当たりは?」
「ない」
どうやら、今朝――というかつい先程、三人組の男に待ち伏せされ、返り討った事実。既に榛名の記憶からは抹消されているようだ。
特にあてもなく、怪しげな三人組を求めて歩く二人の前に――彼らは、現れてしまった。


【第4話 誘拐犯、逃走】


「まだか…?」
三人でケンカしたのか、揃って誰かにやられたかは不明だが…榛名と同じか少し上の年だろう彼らは、皆あちこちに傷を負っていた。
「も、もう数分で来るはずッス…だよな、会沢?」
「あ、安心してください…すぐです」
「そ、そうか…お前の親父が政治家でマジ助かったぜ…」
なにやらひどく動揺しているらしく、三人とも顔色が悪い。小さなビルの階段をコソコソ降りてきたところで、細い道路をサッと見渡しては怯えた様子で後ろを振り返る。
彼らの背後、階段前にはぐっすり眠り込んでいるらしい少年が力なく座っていた。どこかで見た顔である。

「お…ッ、俺の身体じゃねーか!てめェらが犯人かオラァ!!」
「まぁ待て」
走り出した榛名、横からチョイと出された足。魂の姿で地面にスライディングするというレアな体験、本日第二回目であった。
盛大に顔面を擦った痛みはひどく、ヨロヨロと起き上がる。

「…何すんだお前…ガキだからってそう何度も許さねぇぞ…」
「ガキではない、クリスじゃ。お前より遥かに年上の」
「クソッ…何だよ、何か用か!?」
「身体が無事見つかったのは良いが、問題があるのじゃ」
「問題…?」
「まず、我らはお前の身体に触れぬ。故にこのままでは運べん」
「げッ…そういやそうか。霊みてーなモンだしな」
「もし運べたとして、端からは身体が浮いて移動しているようにしか見えまい」
「うぐっ…」
ごく当たり前の事を冷静に指摘され、榛名は眉間のシワを更に深くしてうめいた。ここは幸いにも人通りが殆どないが、自分の身体が宙に浮かんで進む様…万が一にも、目撃されたくはない。

「何をどうしろってんだよ…」
「……困っておるようじゃな、ハルナ」
「……は?」
「そうか、偉大なるクリスティーナ様のお力をお貸しくださいときたか」
「何言ってんだお前……」
「よかろう、悩めるお前を救う死神七ツ道具、今こそ見せてやろう!」
「そういうセリフは得意気にやれよ…何で無表情のままだ。つか、死神ってのは生きてる奴らが勝手につけた呼び名なんだろ」
「……ノリの悪い小僧じゃ」
お前の表情もな、と呟かれるのも構わず、クリスはやれやれと腕組みをする。
「確かに死神とは生者がつけた呼び名。しかし我らは皆死者、元生者じゃ」
「…で?」
「死神の名が世間で一般化した後から来た者共は、ウチの隊を特に死神と呼ぶ。おかげで我ら『魂狩り隊』、巷では『死神部』などと言われておる」
「へぇ……」
榛名は感心したように頷いたが、お忘れなきよう。今はそんな場合ではない。

これじゃ、とクリスが出した白い布。榛名はそれを、何か、一応、見覚えがあるなぁと思った。日本人なら見れば大体わかる、この布。
「この…白いハチマキに三角をつけたようなモノは……。あ、名前知らねぇなコレ」
「そう、これこそ生者に我らの姿を知覚させるものじゃ。名を“視布”」
「シフ、ね……これつけろってか?」
クリスは頷くと、くわえていた棒つき飴を出した。もう白い棒でしかないそれを軽く振り、説明を加える。
「あくまでボンヤリ見えるの域。お前の身長なら膝下からはほぼ見えんじゃろうな」
「何だその不完全な感じ…」
「安価なものじゃし、そもそも……」
無表情のまま言い淀んだクリスはパチパチと瞬きし、つと目をそらす。正直良い予想など全くできなかったが、榛名は一応、聞いてみた。

「……そもそも?」
「うむ…まぁ、『生者を脅かしてストレス発散!』が売り文句の」
「イタズラ用か!!これのどこが死神七ツ道具だ、あぁ!?」
「私はよく、着物で、マリを持ってイタズラに臨んでおる」
「本格的だな…つか遊んでないで仕事しろよ……」
「まぁ良いではないか。今はとにかく――アレを追う事じゃ」
「は…?」
追う、という言葉がピンと来ず、榛名は聞き返しながら小さな指の示す先を見た。
いつの間にか三人組は黒い車に乗り込み、運転手らしきスーツの男がバン、とトランクを閉めたところ。先程まで階段前にあった身体は、今は見当たらない。
「嘘だろッ……」
慌てて立ち上がり、全速力で車に向かう。運転手が車に乗り込むと同時、たどり着いたが…その手はスルリと、車をすり抜ける。

物に触れるためのあの布は、クリスのいる地点に忘れてしまっていた。ハッとした時にはもう遅く、車は走り出す。
「くそっ…おい待てよ!俺の身体ッ…」叫んだところで聞こえない、誰も気付かなかった。

――駄目だ、熱くなるな、焦んな俺!

「クリス!!」
「わかっておる」
振り返ったと同時、すぐ横に駆けてきていたクリスから視布を受け取る。
それを頭に結びつけながら榛名は走り出し、クリスも並んで車の後を追った。