森の中、荘厳な音楽が響きわたる。

今日は山間の小さな集落で行われる、年に一度のお祭りだ。普段そこかしこから楽器の音や歌声が聞こえるこの村は音楽神を信仰の対象として崇めている。一年の鍛練を神に捧げるこの祭は村の民たちにとって大切な神事であり、最大の楽しみでもある。
それは小さな手で琵琶の弦を押さえる少女、尊音も同じだった。



伸びやかに響く横笛の調べ。落ち着いた抑揚のある琵琶の音。軽快に合いの手を入れる鼓。それに合わせて緩やかに舞う白い袂。

最後の音が消え去って神楽を舞っていた幼い娘が深々と頭を下げると、わあっと拍手が鳴り響いた。村でも凄腕揃いと評判の響坂家が奉納を終えたのだ。
先程まで幼さの残る外見とはかけ離れた精確さで琵琶の弦を弾いていた少女――響坂家長女・尊音は賑やかな舞台からしずしずと降りて観客から見えないところまでくるとぐぐーっと体を伸ばした。

「あぁあー終わったぁあー」

固まった体を解すように体の筋を伸ばしている。
弦楽の腕とお転婆は村一番と言われる彼女でも、神前の晴れ舞台は緊張したようだ。
ふーっと息を吐きながら腕を下ろしたところで後ろからパタパタパタと軽い足音が近づいてきた。
家族の演奏を背に舞っていた、次女の踏子。長女の尊音とは歳が離れているためか、よくなついている。

「ねえさま!」
「あっ踏子!初めてだったのによくがんばったね、上手だったよー」

よしよしと頭を撫でられ、嬉しそうに頬を染める踏子。それを見て撫でていた尊音もにっこりと笑顔を見せた。
姉と妹のほのぼのとした光景に見ていた周囲の人々も穏やかな表情になる。
和やかな雰囲気の中、二人の元に一人の女性が近づく。それに気づいた姉妹は、あっと声をあげてその女性に走りよった。

「母様!」
「かあさまー!」

母と呼ばれた女性――響坂奏美は駆けてきた娘達を柔らかな笑顔で迎えた。すっと膝を折って目線を二人の高さに合わせる。

「二人とも、今日は本当によく頑張りましたね。神様もきっと喜んでくださるわ。」
「ほんと?よろこんでくれる?」
「ええきっと。」
「踏子すごく上手だったから大丈夫だよ!」

大好きな母と姉に太鼓判を押され、不安げだった踏子も顔を綻ばせる。
その表情に目を細めた奏美はすっと立ち上がった。祭はまだ終わっていないのだ。

「さあ、そろそろ行きましょう。他の方々の奉納を観ることも大切なことですよ。」
「あっ!みおちゃんに、みにいくねってやくそくしてた!」
「じゃあ早く行かなきゃ!」
「うん!」

手を繋いで走り出した娘達の後ろ姿に気をつけてねと声をかけると、はーい!と元気な返事が返ってきた。
くすくす、と笑みをこぼして観覧場の方に足を向ける。夫や下の子供達も向こうにいるだろう。
奏美はゆったりとした足取りで二人の後を追った。