夕の暮れ。
奉納は昼間のうちに行われ、日が落ちてからは露店が出始める。子供達や若衆のお目当てはむしろこちらで、硬貨を握りしめて店と店とを行ったり来たりしている。
そんな楽しげな村の中に、尊音の姿はない。
ただ一人、奉納が終わって誰もいなくなった神前舞台に忍び込んでいたのだ。

彼女の腕には琵琶が一面抱えられていた。今日この場所で奏でていたものではない。物自体は古く、かつては使われていたことがうかがえる。それには何の問題もない。ないのだが。

その琵琶には、本来存在しないはずの“六本目の弦”が張られていたのだ。



尊音にはやり遂げたいことがあった。
それは昔この村にやって来た風変わりな吟遊詩人が奏でた音楽を、神に奉納すること。

彼女が訪れたとき、村の皆はあの歌を好まなかった。今まで聞き、習い、奏でてきたものとは全く異なる響きだったからだ。
だが尊音は聞き惚れた。確かに聞き慣れない調べだったが、魂を震わせるような力強さを感じたのだ。すぐさま当人に話しかけ、自身が受けた感動をまくし立てた。
すると彼女は嬉しそうに破顔して、そんなに気に入ってくれたならもう一曲、とまた演奏してくれたのである。

すっかりなついた尊音は、毎日修行や手伝いが終わると吟遊詩人の元に通うようになった。その度に歌をねだり、彼女も喜んで弦を鳴らした。

ある日、もう使わなくなった琵琶を片手に自分にも教えてくれと頼んだ。彼女は自身の楽器と見比べて、これでは弦が足らない、と返した。
しょんぼりと肩を落とす尊音に良心が痛んだのか、材料があれば張り直してあげるから!と慌てる旅の歌い手。
その言葉でみるみるうちに笑顔になり、苦笑されたのは言うまでもない。

改造琵琶で習うこと数週間。元々弦楽器を扱い慣れていたためか、すぐに技術を習得した。
もう教えることは何もない、と詩人が旅立った後もこっそりと練習を続けた。
そして「いつか神様に自分の歌を捧げよう」という野望を胸に秘め、ついに2年前からこっそりと奉納するようになっていた。



無人の舞台はしんと静まり返っていた。
ここは村から少し離れた位置にある上に、今は祭の真っ最中。多少音を張り上げたところで聞こえないだろう。

舞台の真ん中に座って母から教わった通りに礼をし、足を崩して胡座の上に六本弦の琵琶を構える。
一瞬の後、静寂を切り裂くように撥を降った。

昔から教わってきた調和の音色と外からやって来た破壊の調べ。彼の人のように語るべき歌はないから、声はただの楽器として鳴り響く。
それらが混ざり混ざった尊音の歌は無茶苦茶で荒削りだったが、力強い音楽となって舞台を震わせた。