べいん、と最後の音を鳴らして周囲に静寂が戻った。暫しの余韻を残してから楽器を横において足と姿勢を正す。最後の締めの礼だ。
手をつき深々と頭を下げ、顔を上げたその時。
尊音は、『神』を見た。
煌々と輝くそれ。大人たちが語った神とは似ても似つかない、光の塊。だが彼女はそれを、自らの歌を捧げた神に違いないと直感的に信じた。たった今奉納した歌に何かあってお姿を現したのだ、と。
唐突に現れた光はゆっくりと明滅し、一際大きく輝くと花火のようにパラパラと散っていった。
頭を上げたままその光景に目を奪われ、呆然としていた尊音は風のなく音で我に返った。ドクドクと鼓動が早くなっていく。突然の出来事に混乱する頭よりも早く、体が動いていた。
傍らに置いていた琵琶を掴んで立ち上がり舞台をかけ降りて、気づけば村に続く道を走っていた。
なんで神様が。
今まで見たことなんてなかったのに。
どうして。
どうして!
ぐるぐると何度も問い続けながら走り続ける。
村の裏を通り家まであと少し、というところでふいに自分を呼ぶ声がして尊音は足を止めた。
「ねえさまー!」
「踏子……?」
とてとてとこちらに走りよってくる妹。どうしてこんなところにいるのだろう。近所の友達と祭りに行ったのではなかったか?
「どうしたの?お友だちは?」
姉の質問にあのね、と身ぶりを交えて一生懸命に答える妹。どうやら最初は友達といっしょに回っていたらしいのだが、その子が疲れて眠くなったので別れ、いっしょに見て回る人を求めて家に戻ってきたらしい。
よく見れば当人の目も潤み、少々ぼんやりした顔つきになっている。自覚はなさそうだがこちらも疲れているようだ。
(……あれ?)
ふと違和感を感じる。何か、何かがいつもと違う。
目だ。眠気で潤む瞳に何かが映っている。人影と獣。この小さな後ろ姿は――
「ねえさま、いっしょにいこー?」
「踏子、踏子ももう寝よう?」
「えー!」
ぐずる妹をどうにかなだめて、家に入るように促す。さっきのが何なのかはわからないが、きっと見間違いだろう。早く寝よう。明日になればいつも通りだ。
不満そうにふくれていたが、やはり眠かったらしい。ごしごしと目をこすっている。ほら、と背中を押すとまだむくれてはいたがはあい、と渋々了承した。
二人で家に入ろうとした次の瞬間、音に対して鍛えられた姉妹の耳が不穏な唸り声を拾った。