第6話. おいでませ、天地連盟





「う……」
「!」
呻き声に反応し、榛名は車の横に回る。見ると、後部座席の二人がうっすらと目を開けていた。榛名を見てビクリと身を引いたが、目をそらす勇気はないらしい。榛名は苛立ちを込めてニヤリと笑ってみせ、ドスの利いた低い声を出す。
「てめェら顔覚えたからな…次会った時楽しみにしとけよ……!」
「「ひぃいいいい!!」」
目撃者が二人だけだったのが惜しまれるが、この時の顔はどの悪霊も敵わぬ恐ろしさだったと、後に彼らは語っている。
脅しつけに一度車の窓をバンと叩いてやってから、榛名はトランクの前に戻った。


「は…ハギさん…俺もう死んだかと思いました…」
「…生きた心地しなかったな…」
「でも…」
「?」
「俺ら、ようやくアイツに…顔覚えてもらえましたよ…」
「…そうだな……」
なんとも微妙に複雑な気持ちを抱き、二人は乾いた笑みをもらした。


「用は済んだか?行くぞ」
「おぅ、よろしく」
冷たい身体を背負い、榛名は頷く。見たところクリスは本部へ戻るための特別な道具など持っていないようだったが―…
突如として、背中のネコ型リュックが淡い光を帯びる。それはすぐ二人の周囲へと広がり、身体はふわりと浮かび上がった。クリスが呟く。
「『魂狩り隊』不言実行の“不”、クリスティーナ。これより本部へ帰還する」

白い光に囲まれた中ではあっても、後押しする風のお陰で、自分達が移動しているのがわかった。空でも飛んでいるかのような感覚に、榛名は思わず息を呑む。
「すげ…」
「前を向け、ハルナ。天地連盟日本支部…到着じゃ」
顔を上げると小さな四角い茶色が目に入ったが、それはぐんぐん近づいてきて木製の両扉へと姿を変える。扉はまだ遠い内から独りでに開き、入った瞬間周りの光が強くなったかと思うと…

「っと!?」
急にどこか建物の中に放り出されたようで、榛名は反射的にバランスをとり、少しよろめきながらも着地する。隣ではクリスが慣れた様子でトンと着地し、振り返れば扉が閉まるところだった。
長い廊下のようなこの場所には他にも同じ扉がいくつもついていて、やはり独りでに開閉するそこから人が出たり入ったりしていた。白い壁に白い床、話し込む人々の声や足音で周りはざわざわと騒がしい。

ただ突っ立って辺りを見回す榛名の前に立ち、クリスはフフンと口角を上げた。

「ようこそ、天地連盟へ」


【6 おいでませ、天地連盟】


「で…隊長ってのはどこに居んだ?」
「隊は会社で言う部署のようなもの、当然『魂狩り隊』におる。まぁついて来い」
歩き出したクリスの後に続くが、どうにも周りからの視線が突き刺さる。見知らぬ余所者の上に死体を担いでいるから当然かもしれないが、目があった途端短い悲鳴を上げられてばかりだ(最も、榛名自身の目つきの悪さも理由の内なのだが)。

「おい…めっちゃ目立ってんぞ」
「今のお前はハタから見てなかなかに奇怪じゃ、仕方なかろう。嫌なら視布くらい取れば良いものを」
「あ?これ取ったら身体に触れねぇんだろ」
「いや?実体を持つものは連盟のゲートを通ると自動的に霊体に変換されるのじゃ。取っても全く問題ない」
「早く言えよ!さっさと取りたいに決まってんだろこんなん!」
額につけていた視布をスパァンと床に叩きつけて叫ぶ。クリスは肩をすくめた。
「つけていても外見以外は支障無しじゃ。構わんかと思ってな」
「構うわ!!」
視布を捨てた勢いでズレてしまった身体を背負い直し、榛名は今日何度目かもわからないため息をつく。これはもうクリスの性格だと諦めるべきだろうか。

榛名より少し先を歩きながら、小さなカンガルーは振り返る。
「そういえば、連盟についての説明はまだじゃったな」
「ん?あぁ…よくわかんねぇで来てるけど」
「ふむ。天地連盟というのはそのまま、天国と地獄による連盟じゃ。現世で死んだ者の魂をきちんとこちら側へ運び、公平な目で天地両国へ振り分けるための機関」
「天国か地獄かって、自動で決まるわけじゃねぇのか」
「各自が元々持つ寿命は定まっておる。そこから善行を重ねれば寿命が増えることもある、逆に悪行三昧なら寿命を削られることもある」
「つまりは寿命の管理か?」
「あぁ。それが『善行発見隊』や『寿命計り隊』の役目…そこで決まった寿命を迎えると我ら『魂狩り隊』、通称死神部が体と魂を分離し、魂は自動的にこちらに来る」
「へぇ…」
螺旋階段に足音を響かせつつ、榛名は呟いた。現世で生きている人々が想像しているよりずっと組織的だ。そもそも榛名自身は死語の世界など信じていなかったが、こうして生で見て説明を聞くと「ちゃんとしてんだなぁ」なんて感想も出てくる。
最も、ちゃんとしきっていないから榛名が今ここにいるのだが。

「けど、俺はこっちに自動では来なかったよな…?」
「事故じゃからな。本来の、寿命で死んだ者であれば扉が現れる。ゴネて扉に入らず立ち去る者は霊のままウロつきだすから、『説得次第』が平和的解決ってやつを目指すのじゃ」
「…『説得し隊』、じゃないんだな」
「『説得次第』じゃ」
「……(何なんだ)」
一部の隊のネーミングに引っ掛かりながらも、何でそんな名前なのかと聞くのはやめておいた。なぜか、聞いたところでごく単純な答えしか返ってこない気がしていた。

「説得できなかったらどうすんだ?」
「相手が攻撃してきたり、武器を所持した時点で『悪霊狩り隊』の管轄じゃ。力ずくで拘束し、連行する」
「穏やかじゃねーな…つか、武器って何だよ?お前の千歳飴みてーなモンか?」
「悪霊には悪霊のルートがあるのじゃ。情報屋だの武具屋だの、アヤしい奴も腐るほど居る」
「何か生前とさほど変わんねェな…」
「…それは当然かもしれんな。生きていようと死後だろうと…結局は皆同じ、人間の魂じゃ」
「……」
「着いたぞ」

言われてようやく周りの変化に気が付いた。建物の中のはずなのに目の前には少し大きめの木製の門があり、その横は塀が続いている。数歩下がって塀の奥を見ると、時代劇に出てきそうな二階建ての屋敷が見えた。
門の横には「魂狩り隊」と書かれた立派な表札があったが、門を挟んだ反対側に貼られている紙には「死神部」と殴り書きされていた。

「何をしている、入るぞ」
「お、おぅ…」
外観を眺めている内にクリスとの距離が開いていた。促されて榛名は歩き出したが――その瞬間、背筋にゾッと悪寒がはしる。
怒気をはらんだような敵意、馴染みのある感覚だった。

――これは…殺気――!?

振り返る間もなく、誰かが横をすり抜ける。その影はまっすぐクリスに向かい、フードに隠れた細い首へと、巨大な刃を滑らせた。

「なッ……!?」
「――バイバイ、クリス」

至極楽しそうな声が、白煙と共に吐き出された。