第10話 猪突猛進、怒りのアリア





――頭だ。

ぐるぐる回転しながらロケットの如く飛んできた物体を見て、榛名はそう判断した。頭から投げ飛ばされた誰かだと。しかし…

ゴッ!!
「う゛っ!!」
「がッ!!」
それを避けるには、ちょっと不意打ち過ぎたようだ。背負っていた自分の身体を押し潰す形で榛名は倒れ、ややズレた位置に背の高い男が落下する。
入り口の方から聞こえてくるドスドスと荒々しい足音に何とか上半身を起こしてみると、ウェーブがかった金髪ポニーテールの女性が入ってきたところだった。

彼女は榛名とその身体を見て訝しげに目を細めたが、関係無しと判断したのかすぐさまトッポギに向き直る。
「伝紙は受け取ったな」
「受け取ったし狩りは中止になってるけど…その前にさ、彼に謝るべきじゃないかな。君が投げたの、直撃したんだから」
「何…?」
少し目を見開いて榛名を振り返り、金髪の女性は申し訳なさそうに眉を下げた。その割に身に纏う怒気に変わりはなく、左目の下にあるホクロも、色気よりも断然気の強さを感じさせるものとなっている。
「すまない。そこに誰もいない前提で投げていたんだ」
「いや、そもそも投げんなよ人を……」
あまりちゃんと見ていないが、投げられた男は恐らく気絶している。ピクリとも動かないのが視界の端で確認できた。
女性は着物の上から更に厚手の上着を羽織り、下は袴と、見た目にも位の高さがうかがえる。しかし自分が投げた男には同情や罪悪感の欠片もないらしく、その返事は顔をしかめるだけに留まった。
肌の具合などから察するに、年齢は恐らくさんじゅヱ∀Д〆ヮ\#%

※しばらくお待ちください※


【10 猪突猛進、怒りのアリア】


「…ともかく、伝紙にあった件の説明をしたい。取り込み中だったか知らんが、これは緊急かつ重要な話…部外者は退室させてもらいたい」
「ですが、アリア隊長。恐らくこの二人は関係者です」
「…何だと」
「け―365番の話だったね。今日彼を狩る予定だったのは、そこにいるクリスなんだよ」
「担当か。……?何故もう帰還している。通達を受けたにしても早過ぎないか…それに、その子供」
無表情を貫くクリスと座り込んだままの榛名を交互に見ると、悪い予想でもついたのか、アリアはやや狼狽した様子を見せる。クリスは落ち着いた声でゆっくりと問うた。
「け―365番、イチノセユウヤ。緊急で狩り中止とは、もしや…先に寿命か延びていたか」
「一ノ瀬…?」
とても聞き覚えのある名に、榛名は思わず呟いていた。今朝、クリスに会ってすぐの記憶が蘇る。

『私が先程魂を狩る予定だったのは、お前の後ろ〜の方を歩いていた小僧じゃ。イチノセユウヤ、17歳だったか』
『一ノ瀬…って、うちのクラスの秀才じゃねぇか。あいつ今日死ぬ予定だったのか…?』

そう。そもそもクリスは一ノ瀬の魂を狩る為に、あの場所で刈生――千歳飴を手にしていたのだ。まさかと思い立ち上がると、アリアは険しい表情で頷いた。
「事情はそこの馬鹿にも説明してもらうが…端的に言えばその通りだ。昨夜の時点でイチノセの寿命延長は決定していた」
「やはりな…」
「ですが…こちらには、そのような通達届いておりませんね」
「そうだね。だからクリスが彼を狩ろうとしたのは、もう一時間以上前の事さ」
「何…!?しかし、寿命台帳にはまだ名が載って…」
はたと、アリアの目が榛名で止まる。“狩ろうとした”事実、なのに消えない名前、急に帰ってきた隊員、そして魂体が分離した少年。完全な事態の把握に至らないまでも、それが良くないモノという確信だけはある。アリアは自分の顔が青ざめていくのを感じた。

「…ラビットファー。この少年は何だ」
「ハルナシュンマ。寿命が残っていたにも関わらず、先程魂を狩られた者です」
「…先程とはいつだ」
「クリスティーナがイチノセを発見し、刈生を取り出した直後です」
「……」
「僕達もね、どうしようかって頭を悩ませてたところなんだけど。…わかるかい?」
にっこり笑うトッポギは、狼狽えるアリアの様子を楽しんでいるようにも見えた。口を挟むとこじゃなさそうだと判断した榛名は静かに成り行きを見守っている。怒りか動揺か、アリアが握る拳は震えていた。

「延長の報告さえ来ていればこうはならなかったと。…そう言いたいんだろう」
「ま、それにしたってクリスの不注意とも言えるんだけどね。しかし彼をうっかり狩っていなければ……そのまま執行していたよ。イチノセの狩りをね」
「くっ……」
最後だけ笑わず真剣に言った分、言葉に重みが出る。歯を食い縛ったアリアはトッポギを睨みつけていたが、やがてゆっくりと力を抜いた。改めて榛名に向き直り、きっちり腰を屈めて礼をする。

「誠にすまない。此度の件、私にも責がある」
「…話聞いてっとそうらしいのもわかるけどよ、結局あんたは誰なんだ?」
「失敬した。私は『寿命計り隊』の隊長、アリアという」
「…なんか聞いたな。寿命の管理だかなんだか…」
「正確には生者の元々の寿命と現在の寿命、その経緯を記した“寿命台帳”の管理だ。隊長始め、幹部のみが寿命を修正できる」
ラビットファーが淡々と説明を加え、アリアがそれに頷いた。クリスはてくてくと倒れた男に歩み寄ると、その顔を覗き込んでから榛名を振り返る。
「この眠りこけてるのはサルベージ。『善行発見隊』の隊長じゃ」
「あ?サルベ…なんつった?つか気絶してんじゃなかったのか、こいつ」
言いながら、倒れた男を見やる。髪は藍色のくせっ毛で、左耳の前だけ少し伸ばして丸い珠飾りをつけている。白を基調とした服装はまるで貴族のようで、その首には長いマフラーが巻かれており、左目の白い眼帯には黒字で“善”と書かれていた。
身長は榛名を少し越えそうだが顔立ちは幼く、とても幸せそうに口元を緩めている。
「えへ…えへへへ……これで皆仲良しだぁ…あっはははは……」
「……」
「ハルナは かかわりたくないと おもった!」
「ゲーム風に人の心読むな」
クリスにひとツッコミし、榛名はがりがりと頭を掻く。

トッポギはふざけた言動をしてヘラヘラしていても、時としてその言葉は重く真摯、本当は実直で上司としても優れた人物だとわかる。
さっき会ったばかりのアリアは強気でやや怒りっぽく、しかし真面目で責任感も強く…自分より背の高い男を投げ飛ばすという、謎の怪力の持ち主だ。
もしかしてこの連盟の隊長達は、皆一筋縄ではいかないくせ者揃いなのではないだろうか。そんな考えが頭に浮かんでいた。

「(ならコイツも、起きたら意外と――)」
「…貴様…」
地獄の底から響くような声に、考えるのを止めてそちらを見る。アリアが両拳に力を込め、燃え盛る怒りの炎を隠そうともせず前に出ていた。
未だお花畑の中にいるらしいサルベージの横で仁王立ちになると、ギロリとその顔を睨みつける。クリスがさり気なく離れていくのを見て、榛名もそろりと自分の身体を引きずって距離をとった。

「気絶と思って放置してやったものを…人の命が懸かったこの状況で、寝ていただと!?恥を知れ馬鹿者が!!」
ズドォン!!
「〜〜〜ッ!?っが、げほッ、ぐっ……*△†√ゑΓД☆!?」
彼女の右拳はもの凄い勢いで無防備な腹へ沈み、サルベージは亀裂の入った床の上でゴロゴロとのたうち回る。あまりの痛みに上手く喋る事すらできないようだったが……
その心配より先に思うところがあり、榛名はボソリと呟いた。

「気絶させといて放置もねぇだろ……」

それは誰に聞き取られる事もなく、部屋にはしばらく、サルベージの苦しむ声と音だけが響いていた。