第11話 天然鈍感、サルベージ





「いやぁ、アリアは相変わらず凄いね!気を練るのがとっても上手だ。おれも見習わなくちゃ」
「黙れ笑うな居直れ反省しろ」
「あれ、トッポギにラビットファー!って事は此処は…死神部か。二人共ちょっと振りだね、元気だった?」
「まぁ元気だけど…サルベージ、後ろ後ろ」
「?…どうしてそんなに怒った顔してるんだい、アリア」
はっきり目覚め、自分はアリアに腹を殴られたのだと知ったサルベージ。その顔に浮かんだのは怒りでも恐れでもなく、感心だった。にこにこと純粋な微笑みは一見すれば癒し系だが、それだけではなさそうな雰囲気も持ち合わせている。そう…強いて言うなら

「イライラはよくないよ。カルシウムが効くって噂だけど、今ミルク味の飴しかないからこれで我慢してくれるかな。ハイ!これを食べたらきっと、きみのイライラも解消され」
「誰のせいだ」
バキッ!

空気の読めない、そこはかとないウザさ。


【11 天然鈍感、サルベージ】


「あぁ、そうだったのか…そんな事になってるんだね、今」
鼻からボタボタと血を垂らしたまま、サルベージが真剣な顔で言った。白いマフラーにも高級そうな服にもくっきりと赤いシミを作ってしまっているのに、本人は全く気にしていない。憂いを含んだ金色の瞳を榛名に向け、深く頭を下げる。
「本どうに申し訳だい。でぃる限でぃの事は」
「いいから鼻血止めろ」
頭を下げ過ぎて鼻詰まりの声になっており、聞き取りにくいにも程がある。榛名の言葉にサルベージはきょとんとして顔を上げると、嬉しそうに笑った。

「ありがとう。心配してくれるなんて、きみは優しいね」
「心配っつーわけじゃねぇけど…」
「でも大丈夫、女性に殴られて鼻血が出るのは珍しくないんだ」
「何してんだあんた」
「さぁ…よくわからないけど、きっと皆疲れているんだね。おれが叩かれるだけで済むならそれでも良いよ」
「あんたの性格が問題だと思うけどな…」
恐らく、サルベージは良い人だ。善意の塊だ。しかし天然なのか何なのか、いまいち場を読めない人だ。
…と、初対面ながらも榛名は察した。

「初めましてだからまずは挨拶だね。おれはサルベージ、『善行発見隊』の隊長だよ。身長186センチ体重74キロ、享年27歳で血液型がAO型、視力は」
「長ぇよ」
「いいから経緯を説明しろ!我々はその為に此処へ来たんだぞ」
「あ…そうだったね。ごめんハルナくん、きみには何が起こったか説明しないといけないね」
晴れやかな笑顔だったのが一変し、悲しげな笑みになる。サルベージは左手で右肘を支えると、自身の顎に軽く手を触れ話し始めた。

「昨夜21時43分。け―365番イチノセくんはひったくりの現場に遭遇してね。犯人を捕まえて鞄をご婦人に返却…それを確認した隊員は子細を報告書にまとめて本部へ転送した…まずここで一つ問題だ」
「そこでか?もしかして、内容書き違えたとか…」
「悪霊に襲われてしまってね。突然の事に焦った彼は、転送先の数字コードを間違えてしまったのさ」
「はぁ!?」
「悪霊共は仲間、もしくは食らう相手を欲しておる。生者の寿命を延ばす『善行発見隊』を襲うのは道理じゃ」
思わず大声を出した榛名に、クリスが説明を加える。考えていたよりずっと、悪霊と各隊が遭遇する事例は多いらしい。
『悪霊狩り隊』は勿論、こちら側へ向かう事を納得させる『説得次第』も、寿命延長を担う『善行発見隊』も…狙われる確率は高い。
また、喩え仕事が悪霊たちにとってマイナスでなくとも、現世に出るなら教われる可能性があるらしい。他者の魂を食らう事こそ、彼らが手っ取り早く強くなる方法だから。

「お…お前ら、意外とギリギリな仕事してんだな……」
「とはいえ、『悪霊狩り隊』も頑張っているからねぇ。実際そんなしょっちゅう襲われるわけではないんだよ。で…報告書はどうなったんだい、サルベージ」
「『悪行発見隊』行きになったよ。あ…ちなみにそこの隊長はおれの弟なんだ。あまり笑わない奴だけど、ハルナくんもし会う事があったら仲良くしてやってね。双子だし顔は似てるから会えばすぐわかると思」
「サルベージ隊長。お話中失礼ですが…今はペコー隊長の話をする場ではありません」
「と、そうだった…ごめんごめん」
恐らくアリアが再度怒りのオーラを放ち始めたせいだろう、ラビットファーが口を挟んだ。また彼が殴られ説教を受けていたのでは話が進まない。
サルベージが少し照れたように「弟の話になるとつい…」などと言っているのを見ると、その双子の兄弟とはかなり仲が良いのだろう。ハルナは二人のサルベージが会話している場面を思い浮かべたが、何だか鬱陶しくなってすぐに考えるのを止めた。

「うちの報告書が混じってるのはすぐ気付いたみたいで、隊員が直接届けようと歩いてて…曲がり角で金属製の何かにぶつかって昏倒、いつの間にか運ばれた医務室で数時間寝込む事に」
「待て待て待て!どういう事だそれ」
「うーん、おれも聞いただけだから詳しくは…あぁでも、『鎌が回りながらこっちに…』とか、『タバコの匂いが…』とか言ってたかな」
「鎌に…タバコねぇ。………ん?」
ピタリと動きを止め、榛名は顔をしかめる。ごく最近…というよりもついさっき、そのキーワードに引っ掛かる人物に会ったような気がした。

「……鎌振り回して、道行く奴を昏倒させるとか。とんでもねぇ喫煙者もいるもんだな…そう思わねーか、隊長さんよ」
「いや〜はっはっは!ハルナ君、何が言いたいかサッパリだよ!」
「……」
「そんな睨まなくても…。あー、ゴホン。サルベージ?僕に心当たりがあるから、後でちょっと聞いてみるよ」
「本当?それは助かるなァ。廊下の窓ガラスも一緒に割れてたから、請求先に困っててね」
「「………」」
トッポギとラビットファーが揃って黙り込んだ。どうやらニコが壊すのは現世の物に留まらないらしい。
ともあれ、時間も時間だったので、医務室で目覚めた隊員はフラフラと自室へ帰っていった。報告書の存在を思い出したのは翌日の朝、つまり今朝。

「本当なら昨夜届いていたはずの情報だからね、皆大慌て。とにかく急いでまとめて『寿命計り隊』に報告を送って…そこから先はアリアが知ってるかな」
「…『善行』『悪行』両隊からの報告は全て迅速にプラス・マイナスのポイントに割り振り計算していく。ポイントが規定に達した時のみ、幹部が寿命を書き換える。うちはそういうシステムだ」
「一番重要と言っても差し支えないね。だからこそ、君の隊でミスが出るなんて相当珍しい…一体何があったのかな」
「……」
真剣な表情で問うトッポギから目をそらし、アリアは何かに耐えるように拳を握る。
部屋にはしばしの沈黙が流れ、そして言葉は紡がれた。