第12話 罪の行方、在らず





「居眠りだ」
「居眠りかよ!」
「な…何だって…?」
榛名は即座に呆れた様子で突っ込んだが、他は雰囲気が違った。トッポギやラビットファー、クリスまでもが唖然としているのを見ると、並々ならぬ事態らしい。有り得ないことが起きたとでも言いたげだ。
「イチノセは元々14が寿命だった。それが善行の報告ばかり届いて延長が決まり、以後もずっと、担当は奴を特に気にかけていた」
「担当制なのか…って、何でそれで居眠りなんか…」
「今日が寿命。だがあともう一度、些細な善行で五年の延長が決まっていた。それは気も張るだろう…昨日から休憩時間にも休まず報告を待っていて…」
「体が耐えられなかったんじゃな」
アリアは静かに頷いた。場の空気からやりきれなさが伝わってきて、何を言えるはずもなく榛名も黙り込む。

生きてほしいと願った命が、自分の油断で絶えかけたのだ。その隊員の心情は深く考えずともわかる。
沈黙の流れるたった数秒が、とてつもなく長く感じられた。

「…ほんの10分、届いてから数分で気が付いた。狩りの当日ともなれば寿命台帳の書き換えは後回し、とにかく『魂狩り隊』担当者へ中止通達をせねばならん」
「中止通達って言うと…権限があるのはアリア、きみと副隊長だけだったよね?」
「その通りだ。そして彼女が寝ている間に、うちの副隊長は一息入れようと給湯室に行っていて…それを知らん彼女は焦って隊邸中を探し回った」
「あの広い隊邸をですか…無謀な」
「結局所用を終えて戻った私と玄関で鉢合わせて泣きついてきた。本来は昨夜の情報だと知り…先程送った伝紙に至る」
「アリアがすごい勢いで来た時には、おれは丁度あらかたの事情を聞き終えたとこでね。そのままこっちに直行したんだ」
サルベージの穏やかな声が途切れると、全員が黙って榛名を見た。様々な事柄がぶつかって、色んな人の行動を経て、クリスは狩りの中止を知ることなくあの場に現れたのだと。少しの間を置き、トッポギが複雑そうに微かな笑みを浮かべた。

「以上で、事の起こりは全部わかったね。…どうだろう、ハルナ君」
「…どうもこうも……」
眉間に深いシワを刻み、苦々しい顔で榛名はため息をついた。五人の視線を一身に浴びたまま、吐き捨てる。
「ありえねぇよ……」


【12 罪の行方、在らず】


「…俺は…死んだ後の世界とか考えた事ねぇし、自分がこうなってる今でも、まだどっか信じらんねぇ」
夢でも幻でもなく、現実に「あの世」というものは存在していて。死んだ者の魂を導く組織――天地連盟があるのだと。
きっと、昨日までの自分なら「ありえねーだろ」と鼻で笑っていた。
「それでも色々聞いて、全体的にそっちの都合で俺が死んだのはわかる。責任とるとか言ってんのも…まぁ、当然なんだろうとは思う。……けどよ」
伏せがちだった目線を上げ、ゆっくりと五人を見回す。全員が真剣な面持ちでこちらを見る中、榛名はふと息を吐いて頭を掻いた。部屋に立ち込める重い空気を吹き飛ばすように、先程までよりずっと明るい声で言う。

「――だからって、誰を責める気にもなんねぇよ」
鋭くなるばかりだった目つきも、表情も、ごく自然な形で和らいでいて。ラビットファーやアリアは軽く目を見開いた。それには気付かぬまま、榛名は砕けた調子で続ける。
「報告書送った奴も、届けた奴も。一ノ瀬の担当だった奴も…俺を殺すために動いた奴なんて一人もいねーし。……ま、鎌とか飴振り回してた奴らは、何なんだって感じだけど」
ちらりとクリスを見て言うが、その目には怒りも恨みもなかった。ただ「やれやれ」とでもいうような呆れだけ見てとれる。
「結局これはただの事故で、誰が悪かったわけでもないだろ。元に戻れりゃそれでいいってのは変わらねぇよ」
「…そうか。何ていうか…やっぱり君、顔の割にお人好しだねぇ。よく言われない?」
「はぁ?」
一応真面目に考えて言った言葉たちだったが、トッポギは苦笑いしてそんな事を言う。思わず顔をしかめて聞き返したが、よく見ればラビットファーは呆れ顔だしサルベージはにこにこしていて、アリアまで「面白い」とばかり口角を上げている。

「話に出てきた誰でも、結果からすれば恨む対象になり得るというのに…お前はその罪を問わないと言うのか」
「誰も悪くない、誰のせいにもしないなんて……きみはすごく優しいんだね。皆を思いやれるんだ」
「や…優しい?思いやり…?気味悪ィからやめてくれ。寒気がする」
「己の死を“ただの事故”で片付けられるとは…変わった奴だ」
「トッポギと同じ事言うんじゃねーよ。仕方ねーだろ、ホントに事故なんだから」
言い切る前にアリアの顔つきが変わった。心外だとばかり目をカッと見開き、青ざめてぶんぶんと頭を振る。

「トッポギと同じだと!?やめろ、取り消しだ!貴様はごく平凡なガキだ、ハルナ!」
「何だ急に…つかさりげなくガキ呼ばわりか」
「あっはは、気にしないでくれハルナ君。アリアはちょっと僕が気にくわないらしくてねぇ」
「『貴様のその薄ら笑いとユルい言動がどうしようもなく腹が立つ!』…と、いつもおっしゃられているからな」
「…あぁ…なんとなくわかる」
「その情報いるかなぁ、ラビットファー。ハルナ君も同意しないでくれよ、傷つくなぁ」
わざとらしいため息をつくトッポギをスルーし、榛名はサルベージが空中に弧を描いて飛ぶのを眺めた。どうやらアリアを宥めようと声をかけ、言葉の選択をことごとく間違えたらしい。
彼が派手な音を立てて床にぶつかる頃、クリスが自分のすぐ横に来ている事に気付いた。

「何だよ、どうかしたか」
「……お前は変わった奴じゃ」
「またそれかよ。お前にまで言われると、本当っぽくて流石に心外だ」
「そう言うな。皆、良い意味で言っておる」
さっきまで深刻な表情でこちらを見ていたのが和らぎ、口元には穏やかな笑みさえ浮かべている。それは本当にクリスなのかと一瞬疑ってしまうほど、自然な微笑みだった。
「人の命は重い。勝手に決めて勝手に奪うなと、死者の殆どが我らを恨む。お前のような者は珍しすぎるのじゃ。恨まれ責任を問われて当然と思うから、皆驚く」
「話聞いてっと、別にそんな勝手でもないだろ。…つか、他の奴がどう思ってても関係ないしな。今日死んだの俺だし」
「…あぁ、そうじゃな。……一つ、お前に言いたい」
「ん?」

「……ありがとう」

「………何だよ、気持ち悪い」
「乙女に向かってそんな事を言うものではない。さてはお前、モテんな」
「乙女って。ガキじゃねぇか」
「しかし、感謝してるのは本当じゃ。他の皆もな…だから礼に、我が特製棒つき飴を一つやろう」
「……どーも」
別に飴などいらなかったが、クリスの言う感謝は本心だと思えたので榛名は手を出した。受け取らないのは失礼だと、そう思って。
そして渡される飴からクリス本人へ視線を移し――

「って何で完璧無表情に戻ってんだお前!本当は飴やりたくないのバレバレじゃねぇか!」
「戻る?何をわけのわからぬ事を言っている」
「笑ってたの自覚ねぇのかよ…。いいよ別に、気に入ってる飴なんだろ」
「日に10本いくほど超絶気に入っているが…他に思いつかんのじゃ。何も無いのは許せん、早く受け取れ!」
「んな未練タラタラで突き出されて受け取れるか!」
「いいから早くしろ…よだれを堪えるのも一苦労なのじゃ」
「いらねーっつってんだろ!!」