第13話 駄眼鏡、登場…?





「じゃ、具体的にどうするか考えようか。…二人は協力してくれると思って良いのかな?」
「勿論だよ。おれにやれる事なら精一杯がんばる」
「…貴様に手は貸さんが、ハルナには協力しよう」
「お二人共ありがとうございます。大事にできませんので、できるだけ秘密裏に事実の隠蔽や捏造を行っていただく事になるかと思いますが……それも、よろしいでしょうか」
ラビットファーが念を押すとサルベージはひらひらと手を振ったが、元来隠蔽だの捏造だのが嫌いなのだろう、アリアは難しい顔で渋々頷いた。

「だが…どうするつもりだ」
「アリア隊長は、ひとまず彼の寿命台帳の確認をして頂いてよろしいでしょうか。名と寿命がまだ載っているかどうか」
「…なるほどな。承知した」
即座に踵を返すアリアの背を見つめ、トッポギは密かに苦笑した。ラビットファーにOKだとばかり親指と人差し指で丸をつくってみせると、扉が閉じたのを確認して口を開く。
「クリス、カタリを呼んで来てくれるかな」
「…ふむ。それで早々にアリアを行かせたのか」
「ついでにニコも連れて来い。ハルナが知っているという事は、もう帰って来たんだろう」
「わかった。連れて来よう」
てくてく歩き出すクリスを見送り、一人意味がわかっていない榛名は疑問符を浮かべる。カタリは恐らく人の名で、そしてニコがラビットファーに叱られるであろう事だけはわかっていた。表情から何か察したのか、サルベージが無垢な笑顔を向けてくる。
「カタリっていうのは、連盟で一二を争う記憶力の持ち主だよ。彼はすごい読書家だし、とっても物知りなんだ」
「物知りね……それで何でアリアを行かせんだ?」
「…アリア隊長は奴が苦手なんだ。雰囲気がサルベージ隊長と近いからな」
「……なるほど」
「?どうしたんだい二人共。何だか遠い目をしているよ」
首を傾げるサルベージをよそに、ノックの音が部屋に響いた。


【13 駄眼鏡、登場…?】


――デカい。
榛名がまず思ったのはそれだった。気楽な雰囲気で入ってきた男は入り口の高さとそう変わらない身長で、しかしガタイが良いとかいう事もない。ひょろ長い印象もなく、細身の割に多少筋肉がありそうだ。
真ん中分けの深緑の短髪、上下揃ったジャージも緑。足にはサンダルを履いているという時点で、さっき本の山に埋もれていた男だと思い当たった。

「どうも、お早うございます〜」
やや気の抜けたのんびりした声で言いながら、男は広い背を丸め軽く礼をした。へらりと笑う口元にも大きく弧を描く眉にも、両目を完全に隠してしまっているグルグル丸眼鏡にも、緊張感の欠片もない。
年は20代前半か、恐らくラビットファーとさして変わりないだろう。ニコは彼を“残念なイケメン”と称していたが、なるほど目は見えずとも顔立ちが整っているのがわかる。後ろ髪の一部だけ伸ばして結んでいたらしく、彼が横を向いた途端なだらかな長髪が揺れるのが見えた。

「あ!その“善”の字、サルベージ隊長ですね?一昨日ぶりです〜、頂いたお茶、おいしかったですよ〜」
「本当かい?嬉しいなぁ、アレとっても気に入ってるやつなんだ。おれがよく行くお店なんだけど、……」
榛名たちを完全に無視し、男二人が和やかな会話に花を咲かせている。男の横に立つクリスは棒つき飴を舐めながら二人を眺めており、トッポギはやれやれと肩をすくめている。ラビットファーは眉間のシワを深めると、眼鏡を軽く押し上げて男を睨みつけた。

「カタリ。此処をどこだと思っている」
「と、これは失礼しました。何だクリスさん、副隊長もいるならそう言ってくださいよ〜」
注意されたにも関わらずあはは、と呑気な笑い方をして、男は自分の左側の誰もいないスペースを見下ろした。右側のクリスは男の方を見もせずに言う。
「こっちじゃ、阿呆め」
「えぇ?さっきまで左に居たのに…まぁいいか。――では隊長、死神部“不言実行”の一、“不”のカタリ。只今参上仕りました」
「名乗るなら職名も正しく言え」
ぺこーっと90度以上腰を折ったカタリに、ラビットファーの厳しい声が飛ぶ。こっちの方が短くて言いやすいんですよ、なんて呑気な調子で言うものだからラビットファーはますます眉間のシワを深めたが、榛名はそちらを見ていなかった。
カタリが礼をした瞬間、彼の後ろで何か落ちていった――否、誰か屈んだように見えたのだ。なぜすぐに気が付かなかったのか、よく見ずともカタリの後ろに誰かいる。……誰なのかは大体見当がつくが。

「じゃ、君達を呼んだ理由だけど……ニコ?大人しく出てきた方が良いと思うな、僕は。」
「ばっ、バレてる……!」
「お前バレてないと思ってたのか…」
若干呆れた様子で榛名が言う。悔しそうにカタリの背後から出てきたニコは、むすっとして目の前の相手を睨み付けた。
「ちょっとカタリ!ちゃんと隠してよ」
「え、僕ですか〜?」
「ニコ、無駄な抵抗はよせ。逃げられんとわかっておるから来たんじゃろ」
「うっ……そ、そうだけど〜……」
ニコは嫌々、そろりと、ラビットファーを見やる。すぐさま刺々しい声と視線が飛んできた。

「それで隠れたつもりだったと言うなら、今後は演習を真面目にやるんだな。…その様子だと、また現世の物を壊したらしいな」
「いやぁああ!隊長!あたし睨み殺されそうです助けてください!!」
「悪いんだけど、君が色々壊しちゃってウチに損害出てるのは事実だからねぇ……」
「……チッ!ケチくさい事言ってんじゃないわよ皮剥ぎ男ー!仕事はちゃんとこなしたでしょー!?」
「ちゃんと?ちゃんとこなせて器物破損か」
「リストの魂は全部狩ったっつってんの!」
ツカツカとラビットファーに詰め寄り指を突きつけるが、相手も一歩も退かずに見下ろし…いや、睨み下ろしてくる。ラビットファーにしては珍しく、周りを一切無視しての口喧嘩が始まった。
その勢いに唖然としていると、執務机から離れたトッポギが二人に苦笑しつつこちらへやって来た。いつの間にか榛名の横に来ていたクリスが呟く。

「あの二人の喧嘩はいつもの事じゃ。捨て置け」
「ほっとくのか」
「大丈夫さ、二人共その内静かになるから」
「はは、いつ見てもニコとラビットファーは仲が良いね。おれもあれくらい賑やかに話し合ってみたいなぁ」
「話し合いって雰囲気じゃねぇだろどう見ても……」
のほほんと笑うサルベージに突っ込み、榛名は本日何度目かわからないため息をついた。

しかし、物知りだというカタリが呼ばれた以上、この男こそ何か知っている可能性が高いのだろう。あの二人の喧嘩を止めるより、こっちのメンバーで話を進めておく、特にカタリに現状を説明するのが先という事だ。
改めてカタリに目をやると、相手はこちらへズイと顔を突き出し首を傾げていた。あまりの近さに思わず後ずさると、カタリは榛名がいた場所をちょいと指差す。
「あの〜、さっきから気になってたんですけど…ココ、誰かいます?知らない声が聞こえてくるんですけど」
「………は?」