第14話 視えても、気付かずに





「何言ってんだお前…」
「!そうそう、今喋ってる君の事なんですけど――」
「眼鏡を外せ、馬鹿者が」
言いかけたカタリの太もも辺りに手の甲をぶつけ、クリスが突っ込んだ。「あ、そうか」という顔になるカタリとは反対に、榛名はますます眉間にシワを寄せる。眼鏡は本来視力を上げるためのもの…この二人の言っている意味がわからない。
カタリはにっこり笑って、
「失礼しました〜、そうですよねぇ、コイツを外さなきゃなんでした〜」
カチャリ、眼鏡を外す。
隠れていた目元も他のパーツと同じく整った美しいものだった。まさに眉目秀麗、切れ長の目を少し細めてこちらを見る男性が先程のもっさいメガネ(失礼)と同一人物とは思えない。

――くたびれ果てたジャージがスーツに見えるだと……!?

意味もわからずカタリの放つオーラに圧倒されていると、彼はポリポリ頭を掻きながらにへ〜っと笑った。
「あぁ、どうも〜。ようやく見えました、どなたか存じませんが、初めまして〜」
「…お、おぅ……」
顔は美男子、そう言って間違いなかった。男の目から見ても素直に頷ける。しかしそれを台無しにする呑気な表情と声、口調。彼が動いて喋った瞬間、ジャージも元通りただのくたびれたジャージに戻っていた。
「ニコが“残念”と言った意味、わかったようじゃな」
「……かもな」


【14 視えても、気付かずに】


「で…あいつの目ぇどうなってんだ?目…っつーより、眼鏡がおかしいのかこの場合」
説明は隊長らに任せ、部屋の壁に寄りかかる榛名はぼそりと聞いた。隣で同じように壁に背をつけるクリスは頷いて、渦の大きいペロペロキャンディを2つ取り出す。そしてそれをぺたりと自分の目にかぶせた。

「よく気付いたな、ハルナ。あの眼鏡は特殊なのじゃ」
「そうか。とりあえずそれしまえ」
「…何じゃ、面白くなかったか?男はよくやるじゃろう、スプーンで…ウルトラマンとか」
「俺を幾つだと思ってんだ…つか本当、真顔で変な事ばっかやりだすよなお前。何なんだ一体」
「あれは読解専門“文字列倒れ”といってな」
「聞け」
「文字や数字など、“書いてあるもの”が極端に見えやすくなる…というか、それ以外全く見えなくなる眼鏡なのじゃ」
「はぁ…?何だそりゃ」
「現に先程、サルベージの“善”の字は見えていたじゃろう」
「あぁ……」
眼帯に書かれた文字を思い出して頷き、しかし何がしたいかわからないと思いきり顔をしかめる榛名。その鬼気迫る表情に、ちょうどこちらを振り返っていたカタリは慌ててまた背を向けた。
先程の飴をしまうクリスは、そのまま何を舐めようかと腹のポケットを漁っている。

「カタリは本の虫が過ぎる奴じゃ。お前も見たじゃろう、大量の本に埋もれた姿を」
「さっきのか……動いてなかったな」
「徹夜で本に没頭した挙げ句、眠ってあぁなる。大体いつもそうじゃ…まぁ、それが奴の役目なんじゃが」
「役目?あいつも魂狩るんじゃねぇのか」
「勿論それもあるが…奴の頭は読んだ本の一字一句、忘れはせん。だからある特別な権利を上から与えられておるのじゃ」
一旦言葉を切り、トッポギ達から話を聞くカタリの背を見つめる。その目が僅かに警戒の色を宿している気がして榛名は不思議に思ったが、その疑問を口に出す事はなかった。

「天地連盟に属する全隊の所有する過去の任務記録等、全ての書類を閲覧できる」
「…何でそんな権利を?」
「さぁな……下で働く我らには知るべくもない」
「……」
「ともかく、奴は“より本に集中できるようになる物”の開発を依頼した。『開発日和』は期待に応えた。それがアレじゃ」
「いやそこがわかんねぇよ。仕組み以前に他の物見えなくする意味がわかんねぇ。そりゃ集中はできるかもしんねーけど、危ないだろ流石に」
「あぁ、開発者はまず自分で試して壁にぶつかり物を落としコードに引っ掛かって盛大に転んだ」
「試す前に考えりゃわかるだろ!!」
「それで名前が“文字列倒れ”になったのじゃ」
「そこ由来かよ…ホント変な奴しかいねぇなここ」
「ホント、変なのばっかで面白いわよ〜」
「ぅおっ!?」
急に横からニュッと出てきたニコの顔があまりに近く、榛名はバッと壁から離れた。ニコリ、というより「ニタリ…」という表現が似合う笑みを浮かべたニコは、床と平行に傾げていた頭を普通の位置に戻して不満げに眉をつり上げた。

「何あれ。花も恥じらう乙女相手にひどい態度ぉ」
「そうか?子供も泣き出す鬼女相手に当然の反応じゃろう」
「ま!しっつれーね……」
「単に驚いただけだっての!いきなり目見開いた不気味な顔で出てくんなよ」
「あらハルナ君女の子に不気味とか言っていいと思ってるのかしらヤッちゃおうかなあたしこれ殺っちゃおうかなぁ」
「もう死んどる」
笑顔で大鎌を取り出し高く構えるニコの横で、クリスはあくまでも冷静に返した。さっきまで口論相手だったラビットファーはといえば、脱線しまくっているらしい隊長二人とカタリの話を本筋に戻す作業に必死になっている。

榛名はちょいとそちらを指して、
「アイツとは話ついたのか?」
「ついてないけど、隊長達放っとくわけにはいかないでしょ。カタリとサルベージ隊長が揃ってちゃね…。強引に話進められる奴もいなくちゃ」
「アリアを待ってやらせたのでは二人が傷つくばかりだからな。ラビットファー以外に適任はおらん」
「へぇ…けど、わかってんならお前らも協力してやればいいじゃねぇか」
「「面倒くさい」」
「……」
まぁ、なんとなく予想のつく返事だった。会って一日目とはいえ、このサバサバした二人は割とわかりやすい性格の持ち主である。ラビットファーの苦労を考えて心中で合掌する頃、ちょうど話が終わったのか四人がこちらを振り返った。
カタリはハルナとその身体をじろじろ眺めながら近付いてきて、

ガッ ドダン!
「痛ぁ!!」
派手に転んだ。
打ち付けた箇所を擦りながら足元を見ると、木製の床に広がる謎の破壊痕と血痕。
「あたた…イテッ!足にささくれが深々と……」
「そりゃ刺さるでしょ。あんた一人サンダルなんだから」
「つか避けて通れば良かっただろ。何でわざわざその上通ってんだ」
「いやぁ、気付かなくって…。危ないですねぇ、これ」
「眼鏡外しても全然ダメじゃねぇか…」
「それは此奴の性格のせいじゃな。安心しろ、やる時はやる男じゃ」
「ま、じゃなきゃ“不”は名乗れないわよねぇ」
「そうは見えねーけどな……」
確かに細身ながら筋肉は意外としっかりしていそうだし、元々は精悍な顔つきをしているが。今更サルベージが血まみれな事に気付いて「うわぁ、大丈夫ですかそれ〜」とか言っている男だ。どうにも信じがたかった。

トッポギは苦笑いして、
「アリアにやられちゃってねぇ…彼女の事だから、一応修理費は出してくれるんだろうけど。それでカタリ。君の意見は?」
「…そうですね…、アリア隊長にわざわざ申し立てると『そんな事はわかっている!!』と怒られてしまいそうですから、ここは何も言わず。向こうが動くのを待っておけば良いかと」
「そっちじゃない、コイツの事だ!!」
ラビットファーがイラッとした顔で榛名を指差したが、カタリはのほほんと「あ、そっちでしたか〜」と手を叩く。榛名は改めて「こいつで大丈夫だろうか…」と渋い顔をしたが、すぐに

「えっとですね、彼が生き返るのは無理です」
「…………」

――すぐに、全身が硬直した。