第15話 ×前代未聞、○前代既聞





「…やはり……そうか」
ラビットファーが沈んだ声を出す。トッポギは無言のまま机上で組んだ手に力を込め、サルベージも悲しげに頭を垂れ――

「けど、現世で人として暮らす事はできますよ」

「「「………はぁ?」」」
満場一致。カタリだけが楽しげに身体を揺らし、好奇心に満ちた顔で部屋にいる一人一人を見回していた。最後、にんまり笑って手を叩く。
「『善行発見隊』サルベージ隊長、『寿命計り隊』アリア隊長。それに僕ら『死神部』が加われば――」
「『魂狩り隊』だ」
とことん略称呼びが気にくわないのか、ラビットファーは低い声で吐き捨てた。カタリはきょとんとした顔で一瞬止まり、またすぐに笑みを戻す。

「失礼しました〜。…我ら、『魂狩り隊』!この面々が力を合わせれば、不可能じゃないんです」
「本当か?生き返れねぇっつったのお前だろ」
「つまりはどういう事をするんだい?具体的な説明をお願いするよ」
「つまり…彼を連盟に入れてしまえばいいんです」
「はぁ!?」
「それって…どっかに入隊させるって事よね。アンタ頭大丈夫?無理に決まってんでしょ」
「いえいえ、言ったじゃないですか。この面々が力を合わせればって…」
トッポギやサルベージ、ラビットファーにクリスと手で指し示しながら言う。それでもしかめっ面のニコに笑いかけてから、カタリはふと、目を細めた。

「まぁ、その為にはアリア隊長の大ッ嫌いな裏工作をして頂かなくちゃいけないんですけど……」
ただ真剣な顔つきになっただけ、とは思えなかった。どこか冷淡さを感じさせるその横顔、一瞬で張り詰める空気。“不”の位を授かっている、その事実を垣間見た気がした。

「――それについては、ご了承済みとの事ですしねぇ〜♪」
「……あのな」
「はい?何ですか、ハルナくん」
あっという間に元通り、呑気な顔と声と空気。
あまりの変わりようにガクリと肩を下げるハルナだったが、それはラビットファーも同じだったらしい。呆れ声を出して自分の眼鏡をかけ直す。
「お前は…もう少し緊張感を持って話せないのか」
「すいません副隊長、気を付けます〜。…エヘン……あ、あ〜〜。………」
「……?何よ、何か言うならさっさと…」
「あの〜。…緊張感ある事って、何を言えばいいんでしょう」

……。

ゴッ!!
「いい加減にしなさいよこのダメガネ!イラつくのよ!!」
「何で刈生投げるんですか?危ないなぁ、壁にヒビ入っちゃいましたよ〜…」
「はは、駄目だよカタリ。おれもよく緊張感を持てって言われるんだけど――」
「サルベージ隊長。失礼ながら、その、少し黙ってて頂いて…」
「ニコさんまたお給料減っちゃいますよ?いいんですか〜それで…」
「何であたしが!アンタのせいなんだからアンタが払うのよ!」
「えぇ〜!?そんな…」
「いや〜皆元気だねぇ。オジサンも混ざっちゃおうかな〜♪」
「隊長、貴方まで乗ったら収拾がつかないでしょう!!大人しく座っ」
「それでね、眉間にしわを寄せていたらいいんじゃないかって思ったんだ。だけど長く続けるのが難しくて…」
「……おいクリス」
「何じゃ」
「なんとかなるかもしんねぇってのに、改めて不安になってきたんだが」
「うむ…仕方あるまい」
結局、寿命台帳を取ってきたアリアに強制で止められるまでの約数分、隊長室は騒がしいままだった。


【15 ×前代未聞、○前代既聞】


「実はですね、前にも居たっぽいんですよ。ハルナくんみたいなヒト」
「何…!?バカな、聞いたことがない」
「…僕も初耳だねぇ。前代未聞の事件だと思ってたけど、君が言うなら違うのかな」
「うーん、おれも知らないや。…というか、あっちゃいけない事だからね。あるなんて思わなかったな」
隊長たちはそれぞれに言うとラビットファーを見るが、彼は苦い顔で首を振った。
「…貴方がたが知らないのに、俺が知っているはずないでしょう」
「…居たっ“ぽい”というのが気になるな。カタリ、話を続けるのじゃ」
クリスが促すと、カタリは片手をビシッと額に当てて「かしこまりました〜」と抜けた声を出した。形の良い眉を少し寄せ、記憶の引き出しを開ける。

「ご存じの通り、僕は各隊の活動記録全てを知る権利を頂いてます〜。まだ6万冊ほどしか読めていないのが現状ですが…」
「ろ、6万……?」
「各隊ごとに見れば問題の無い処理でも、同時期の動きを並べて見れば、何があったか想像つくというものです。その事例に沿って処理すれば問題はないんじゃないですかねぇ〜…」
榛名からの「6万ってもう馬鹿だろコイツ頭おかしいだろ」という視線に気付きもせず、カタリが言う。
アリアは拳を握り締めたと思うと、憤怒の形相でカタリを睨み付け、その胸ぐらを掴み上げた。

「事実、あってはならん事だ!いつのどの隊が何をした!誰なんだ、昔そんな理由で入隊せざるを得なかった被害者は!!」
「わわ、落ち着いてくださいアリア隊長〜」
「アリア」
「!……」
「落ち着きなよ」
「……ふん」
穏やかな声色だが、有無を言わさぬ響きがあった。ただ微笑を浮かべただけに見えるトッポギから目をそらし、アリアは手を離す。

「えぇとですね…連盟に入るっていうのはあくまで名簿上の扱いです。アリア隊長、台帳はどうなってました?」
「名も寿命も残っている。…が、字は薄れ寿命の操作もできん。…こんな風になるのは初めて見る」
「普通は違うのか」
「寿命を迎えた魂が狩られれば、当然寿命を管理する必要はなくなる。名は自然、台帳から消える」
「そう、しかしハルナくんの名も寿命も残っていますよね。昔作られた“台帳取扱指南書”、その内の一冊に書いてありました」
「一冊…?正式な記述ではないな」
アリアが眉根を寄せて問うと、カタリは嬉しそうに「その通り!」と人差し指を立てる。その様子に再びイラッときたようだったが、いい加減話が進まないと察したのかアリアは耐えきってくれた。

「最後のページにメモ書きされてました。その本は殆ど焼失していたんですが、恐らく持ち主が捨てる時に証拠隠滅したかったんでしょうね」
「焼却炉から盗って保管してたのかい?連盟も怖いねぇ、僕も気を付けなくちゃ。プライベートが後世に伝わっちゃうね」
「当時の経緯はわかりませんが、持ち主の懸念通りになっちゃったんですね〜。……僕みたいのが出てきて、過去にそんな事があったって知ってしまいました」
「……」
あくまで満面の笑みで、楽しそうに、嬉しそうに。おもちゃを見つけた子供のような顔をしているカタリを、クリスは黙って目に映している。

ニコは眉をつり上げ、
「な〜んかアンタ悪モンみたい!タチ悪く聞こえる」
「えぇ!?何でですかぁ〜」
「他人の秘密知っちゃった〜みたいな。ヤな感じ」
「う〜ん、そんなつもりはなかったんですけど…。」
「……カタリ。お前の言い分もわかるが、想像で書いたメモが当たっただけとも言えるだろう。先例があると言う他の根拠は何だ」
ラビットファーが聞くと、困り顔だったカタリはパッと笑みを浮かべてサルベージを見た。

「『善行録』『悪行録』このどちらも、『記録が途中で止まったまま』なんて、普通ありえないですよねぇ」
「うん、ありえないね。…あ、そうか」
「…なるほどな」
「確かに、そうだね…」
感心や納得の表情を浮かべて頷き合う隊長たち。ハルナは彼らをぐるりと見回して、不服そうな声を出した。

「おい、お前らだけで納得してんな。俺にはサッパリわかんねぇ」
「大丈夫よハルナ。あたしもだから☆」
「お前はわかっとけよ」