第16話 ワラ人形は、呪わない





「おれと弟の隊は、たとえ些細なことでもそれが“善行”なら、“悪行”なら、きっちり記録していくんだ」
説明を求めた榛名(とニコ)に、少し真面目な顔でサルベージが言う。目に見える天然さが減り、なんだかすごくマトモな男に見えた。

「ポイントは、『人が死ぬまでの間にそのどちらをも行わない』、それが不可能に近いって事かな」
「そっか…確かあれって初期の寿命は載ってるしね。計算しても善行、悪行の記録と合わない場合は、――って、あんた一冊一冊に載ってる全員確認したの!?バカ!?」
「いくら僕でもやりませんよ〜。さっき言った“台帳取扱指南書”、誰の物かわかってるんです。その人の勤務期間と合わせまして〜」
「どの道、途方もない作業だな…」
呆れているのか感心しているのか、アリアはその金色の髪を揺らしてため息をつく。榛名にはどの記録がどれくらい蔵書として保管されているのかも、一冊に何人分の記録があるのかもわからなかったが…

とりあえず、このボケボケ男を少し見直した。


【16 ワラ人形は、呪わない】


「うん…何か、その“先例”とやらも…これから僕らがどうしていくべきかも、わかった気がするね。カタリ、君を呼んで正解だったよ」
「お役に立てたなら何よりです〜」
「では…今より始めようか」
「あぁ」
アリアの言葉に頷いて、トッポギは榛名を振り返った。あってはならない事態の被害者である少年。自分の部下が殺した少年。

「待たせてしまってすまなかったね。今から我々全員で、君をなんとかしてみせるよ」
「おぅ、ありがとな。けど…こんななっちまってんだが、平気か?」
随分前から床に放置したままの己の遺体を指して言うと、近くにいたニコがひょいと――いとも容易く、片手で遺体の襟首を掴んで持ち上げた。
じろじろと顔色や硬直具合を見て、パッと手を放す。

ゴトッ
「大丈夫でしょこのくらい。まだ材料になるわよ」
「お前もう少し丁寧に扱えねぇのか…死者へのボートクだぜそれ」
「ん?あーごめんごめん。本人そこにいるから、ついアンタだって忘れがちなのよね。“暴投”したつもりはなかったんだけど」
「“冒涜”じゃ馬鹿者」
白けた目のクリスに訂正されるニコを横目に、妙な体勢で落下した自分の身体を動かす。ひとまずごく普通に寝かせたところで、榛名はやっと言葉の違和感に気付き、一番しっかりしていそうな人物――ラビットファーを振り返った。

「……『材料』っつわなかったか」
「お前の死体を使って“縛藁”を造る」
「し、しばりわら…?何だそら」
「現世に行く時それを使えば、生者とそう変わらん肉体が手に入る。人や物に触れるし存在の認識もされる。普通の隊員は正式な許可を得なければ手に入らん…が、」
「隊長と副隊長は常備してるんだ。ちなみにこれがおれの“縛藁”!」
サルベージがごそごそと上着のポケットを漁り、何かを取り出す。
…それは、サルベージそっくりに作られたフェルト製の人形だった。手のひらに収まるサイズで、なんとも可愛らしい。榛名の顔がひきつった。

「安心しろ。人形なのはその馬鹿の趣味だ」
「あ?あぁ…そうか、ならいんだけど」
「う〜ん…馬鹿って言われるのは悲しいけど、アリア。君が言うなら事実なのかもしれないね。おれも隊長なんだから、しっかりしなくちゃ…」
うんうん、と一人頷くサルベージは置いておこう。アリアは着物の袖に手を入れ赤い袋を取り出すと、中の物を引っ張り出して見せた。
サルベージの人形より一回り二回り小さいそれをじっと眺め、榛名はパチパチと瞬きする。

「……それ、アレだよな。いわゆる…」
「いわゆる、ワラ人形じゃな」
「………」
「最も簡略な“縛藁”はただ視えるだけ触れるだけ。そこから“身体の一部”を使用する毎に生者の肉体に近付ける…死んだばかりの身体ともなれば、お前はほぼ生き返ったに近いだろう」
「ワラ人形って呪い系のイメージだったからな…何か妙な気分だ…。とりあえず、身体はこのままじゃ使えねぇんだな?」
「そうですねぇ、そのままだと身体に入れないし臓器も動きませんから、その内腐っちゃうと思いますよ〜」
「まぁ、死体丸ごと材料にした事なんてないだろうから…不安があるとすればそこかな。『開発日和』は選りすぐりの技術者が揃ってるし、信じていいとは思うけど」
「……?先例あるっつってたじゃねぇか。やった事あんだろ?」
なぜそんな心配をするのかと聞き返した榛名だったが、よく考えれば今からやろうとしている事も先例も極秘。証拠を隠滅しようとした形跡もあった。経験者がいれば話は別だが…

ニコは呆れたように肩をすくめ、
「確かにあたし達もう皆死んでるから、寿命なんてないけどさ。ずっと連盟で働いていくわけじゃないのよ」
「…カタリ。『開発日和』の文献には、何か痕跡があったのかな」
「ん〜そうですねぇ、なんて言うか、あそこは自由ですから。各々好き勝手に実験しすぎて、まともな書類がないんですよ」
あはは、と笑うカタリの表情にも流石に苦みが混じっている。しかしラビットファーでさえあの隊なら仕方がないといった顔をして――

「たるんでいる……」
ミシッ。
「各隊の予算編成の為にも書類整理、状況報告は必須だというのに……!」
「あ…アリア、大丈夫かい?落ち着いてる?」
「…今はまだ…ハルナの件が終わるまでは耐えてみせる。……その後が本番だ」
ただ腕を組んで立っているだけなのに、溢れ出す怒気のせいかその周囲の床や壁がキシキシと音を立てている。
トッポギはひとつ大きめの咳払いをして、カタリに先を続けるよう促した。

「…なので、正式なものはありません。さっきの『寿命計り隊』と同じ…ただのメモ書きです。もし“死体の殆どを縛藁に使用したら”という」
「“殆ど”……その意味を知るのは無理じゃな」
「えぇ。しかし、それを事実の痕跡とするのは有りかと」
「メモと言っても、『開発日和』じゃ大事な研究データだからね。……うん、おれも信憑性があると思うよ。そんな大切なものを見せてもらえるなんて、やっぱりカタリはすごいね」
「そうですかぁ?なんかテレますね〜」
「……待て。『開発日和』が協力するかはわからんだろう」
ほのぼのとし始めた空気を一気に引き戻し、アリアは全員へ鋭い目を向ける。この中に『開発日和』の者はいない。
面白い、自分の興味を引く研究であれば何でも飛びつく連中が殆どだ、榛名の死体――死にたての身体など、格好の獲物ではあるだろう。
全力でやってはくれるだろうが……秘密厳守ができるかは定かでなかった。

「…確かに、奴らは実験が上手くいったり興味深い事が起きるとすぐ仲間内で話題にしますからね」
「そうだ。他人に詳しいデータを言うはずもないが、我々としては一切の他言無用を貫いてもらわねばならん」
「その事なら心配いらないよ、アリア。こんな難題さっさとこなせるのは幹部くらいだから、そこだけ口止めできればいいのさ」
緩い笑みで、トッポギは顔をしかめるアリアから視線を移す。榛名達も自然とそちらを見て、“彼女”の冷たい目に驚いた。


「勿論やってくれるよね。……ニコ」
「………」
トッポギの視線を真っ向から睨み返し、ニコは拳を固く握り締めた。