第18話 名付け親、お断り





「はぁ…それにしても、うちの女性陣はおてんばばかりだね。僕の部屋めちゃくちゃ」
床板がめくれあがる程の大穴、壁の亀裂、大量の血痕。榛名とクリスが来た当初と比べるとかなり悲惨な状態になっている隊長室を見回して、トッポギは苦笑いを浮かべた。
…最も、その背後の壁の亀裂に関しては犯人はニコでもアリアでもないのだが。

「机や棚が破壊されなかったのは奇跡ですね。アリア隊長はともかく、ニコは確実に何も考えてませんでしたから」
「いや床の惨状見ろよ。明らかに二人共何も考えてないだろ…それとも、ここじゃ部屋が血まみれなのは日常茶飯事なのか?」
「そんな事ないですよ〜。床や壁、物が壊れるのはよくありますけど…仲間内で流血騒動なんて、危ないじゃないですか〜」
「……俺はここに来てから流血する奴を何度も見てるけどな」
「仕方なかろう、サルベージとカタリじゃ」
「アリアもニコも手が早いしねぇ。修理もタダじゃないんだけど……」
困ったように笑うトッポギを見ていると、今までも何度か似たような事があったのだろうと予想がつく。修理費の計算をしていたらしいラビットファーはふと顔を上げ、ちらりと腕時計を見やった。

「…隊長。いい加減、上層部にも騒がしさが伝わる頃かと」
「そうだね。じゃカタリ、ちょっと上行って…クリスが誰か連れてたとか、アリア達がバタついてたとか、その辺適当にごまかしとしてくれるかな。表向きは君の仕事の定期報告って事で」
「はい、了解しました〜。聞かれたらテキトーにって事ですね」
「そ。じゃ、頼んだよ」
「任せて下さい〜」
上層部、つまりは偉い人に会いに行くのに、どうやら着替える気はなさそうだ。本人はいたって元気だが、緑のジャージは埃と血とですっかり汚れてしまっている。
「行ってきますねー」
ヒラヒラと手を振り、入り口の敷居で派手に転んで傷を増やしてから、笑顔のカタリは去って行った。

「いや、だから…血ぃ拭いてけよ」


【18 名付け親、お断り】


「おい良いのかあのままで。何かあったの丸わかりだろ」
「問題ない。ニコと会う度カタリが高確率であぁなるのは周知の事実だからな」
「…それはそれでどうなんだ……」
「そんな事よりハルナ君、君の名前を考えないと」
「は?…名前?」
なぜかウキウキした様子でこちらを見るトッポギに聞き返すと、傍らのクリスが肩をすくめた。

「説明したじゃろう。連盟に入る際にこちらでの名を決めねばならん」
「あぁ…そういやそうだったな。けど、形だけっつっても…いきなり入って平気なのか?上層部とやらに何か聞かれるとか」
「それは心配しなくて良いよ。能力の高い生者に目をつけておいて、こっちに来たら即スカウト…なんて、どこもやってる事だからね」
「…それに、不本意だがうちは割と騒ぎの多い隊だからな。唐突に入隊者が来たところで気に留める奴はいないだろう」
「基本「また死神部か」で終わるのじゃ。気にするな」
組織的にそれは良いのかと考えたが、今まで会ったメンバー…今目の前にいる三人と、ニコ、カタリ。五人見ただけでも個性的でマイペースな者ばかりなのだ、日々トラブルは絶えないだろう。

「まぁとにかく、まずは名前だね。ラビットファー、あれを」
「はい」
トッポギに言われ、ラビットファーは壁際に並ぶ中でも一番端の棚に近付いた。その後ろ、壁との隙間に片手を突っ込んだかと思うと――ガラガラと音を立てて、それを引っ張り出した。
横に長い長方形のそれは、榛名もよく知る……

「…ホワイトボードだよな。それ」
「見てわかるだろう。何を困惑している」
「いや…部屋が和風だからな、予想外っつーか……」
「しかしね、ハルナ君。僕らの服装からしてバラバラだからね。今さら統一感なんていらないと思わないかい?」
「あぁ…別に統一感を求めているわけじゃねぇんだが」
動きやすいよう少し着崩しているとはいえ、一応学生服の榛名。軍服らしきものを着たトッポギ。カンガルーの着ぐるみ(+ネコリュック)のクリス。
見事てんでバラバラな彼らがいるとはいえ、それでもこの部屋の中、ホワイトボードは一際異彩を放つ存在に見えた。

燕尾服を着こなすラビットファーは備え付けの黒ペンを持つと、三人を見回して言う。
「では、ハルナの名を決定する会議を始めます」
「そんな展開か!!」
名前は自分で自由に決めて良いものではなかったか。なぜわざわざ会議形式なのか。目一杯突っ込んだ榛名に、クリスがしれっと言い放つ。
「では、「これが良い」という名があるんじゃな」

……。

「無いな」
「では始めます。何か案のある方は挙手を」
「はいはいはーい!」
「待て待て待て!お前らの案なんてどうせろくでもねぇだろうが!」
「見くびらないでくれ、ハルナ君…僕だって隊長だ。真面目にやらなきゃいけない時くらい心得ているよ」
「…トッポギ……」
帽子を深くかぶり直して笑って見せるトッポギ。軽いノリの会話が多かったからと、少々言い過ぎたのかもしれない。流石に失礼だったかと榛名は反省し――

「君は目付きが悪いから、そこをとって“メメツキ”が良いと思うんだよね。気持ちキツツキとかけてみたんだけど、どう?」
「……。」
「メメツキ…と」
ピシリと固まる榛名に気付いているのかいないのか、ラビットファーはさらさらと綺麗な字でホワイトボードに候補一、メメツキと書いた。トッポギは楽しげに頬を緩ませ、あぁそうだ、と無邪気に笑う。

「名前からとるのも良いかもね。シュンマ…えーと、“シュシュ”“マシュ”…あ、“マシュマロ”なんてど」
「ふざけんな」
ダゴン
「おぶふ!!」
つかつかと無言で近付いた榛名は、般若も逃げ出すかと思われる形相で彼に拳を振り下ろした。辛うじて目の前の机に顔面を強打する事はなかったようだが、かなり効いたらしくうっすら涙を浮かべている。

「い…痛いな。オジサンはもう若くないんだし、労ってほしいんだけど…」
「人にひでぇ名前付けようとする奴を労ってやる気はない」
「ひどい?素敵じゃないか、どれも響きが良くて…!」
「ハルナ、こ奴には“ねぇみんぐせんす”がないのじゃ。私が良い名を付けてやろう」
「なに今更“カタカナ苦手です”的な雰囲気出してんだ…いいけど、変なのは却下すんぞ」
「任せておけ…名付け親になるのは私じゃ」
「いいや!僕もまだ候補があってね…」
「…俺も多少、案を出してやらんでもないが」
ぎゃいぎゃいと名付けたがる三人を眺めつつ、「名付け親」は違ぇだろ…と思いつつ、榛名はため息をついた。決して得意ではないので自分で考えるのも嫌だが、変な名になるのはもっと嫌だ。

「シロ、ギュウヒ、金太郎、タイハク、ベッコウ…」
「それ確か全部飴だよねぇ」
「クリスティーナ…自分の趣味を入れるな。他人の名前だぞ」
「お前こそ何じゃ、そのわけのわからん名は」
「……!お前、タスマニアデビルを知らないのか。異常だぞ」
「あっ、ハルナ君これはどうだい?ほら、“カカオ”“タコス”」


「……。全部却下」