02. 再会は突然に…

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結局あのあと、ハルが「じゃ、俺、帰るわ」とか言って気まぐれに帰ってしまったので、アヤノも一人でいるのが急に寂しくなり、家に帰った。
家の前に着いたとき、ふと気がつく。

「あ、そういえば名字の方聞いてない…。」

思えば、ハルという名前以外、住んでいるところも何歳なのかもどこの学校かもわからない。初対面であんなに打ち解けて話せたのかとアヤノは自分自身に少し驚いた。

「…もう一度、会えるかな。」

「会えますよ。きっと、すぐに。」

「え?」

振り返るとそこに黒いコートを着て、サングラスをかけ、黒い帽子をかぶった男性が立っていた。かたわらに大きな旅行鞄を携えている。

「…あの、それはどういう意味ですか?」

アヤノは怪しいものを見るような目で男性を見た。こんな春の暖かい日に黒ずくめな男性は確かにちょっと怪しかった。

「そのままの意味ですよ。」

男性は口元を笑みの形にした。アヤノはますます怪しいと思って、黙っていた。

「では、私は先を急ぎますので。また明日。」

そう言って男性は鞄を持って歩いていってしまった。アヤノはよくわからない人だと思いながら、家の中に入る。

「…ん?また明日?」

自分の部屋のベッドに腰掛けたところで、アヤノは怪しい男性の言葉が引っかかった。確かに“また明日”と彼は言っていた。あれはどういう意味なのだろう。

“ピロリロリン”

考え事をしていたアヤノに携帯電話がちょっとした自己主張で新着メールを知らせてきた。高校合格が決まったとき、やっと両親が買うことを許してくれた携帯電話。買ってからそれほど経っていない、新しいものだ。だから、入っているメモリーも少ない。

「…マヤからだ。」

その数少ないメモリーの一番最初が何を隠そう、マヤだ。マヤはアヤノのほとんど唯一と言っていい、心を許せる友達である。だから、初めて携帯を買った次の日、真っ先にアドレスを交換したのもマヤだった。アヤノはちょっと悩んだあとメールを開く。


[件名]いよいよ明日だね
[本文]


明日からアヤノも高校生だね
おめでとう
ショージキ、あたしもアヤノと同じ高校に行きたかったけど、あたしの頭ぢゃムリだった

でも、まだまだアヤノと遊びたいよー
高校入っても、いっぱい遊んだりしよーね

マヤ


いつも明るく元気なマヤらしいメールにアヤノは思わず、クスリと笑う。マヤがまだアヤノのことを友達として見てくれているということがわかり、アヤノはホッとしていた。
すぐに返信画面を開く。


[件名]ありがとう
[本文]


メールありがと
明日から高校生とかドキドキだよー

あたしもマヤと一緒が良かったぁ

でも、これからもお休みのときとか、一緒に遊ぼーね
お互いがんばろ

アヤノ



「送信っと。」

携帯の操作を終え、パタンと閉じる。マヤとメールのやりとりができることは、アヤノにとってはすごく嬉しいことだった。
中学では学校に携帯を持ち込むことは禁止されていたが、みんなこっそりと持ってきていた。しかし、アヤノは両親が携帯を持つことを許可してくれなかったので、持っている人たちがうらやましくて仕方なかった。
マヤも時々携帯を学校に持ち込んでいた。そして休み時間などにはいろんな人とメールのやりとりをしているようだった。
アヤノといるときでも、マヤの携帯には頻繁にメールがきていた。マヤはその場では誰からか確認するだけで、めったに返信することがなかったが、アヤノにはその気遣いが逆に申し訳なかったし、気まずいと思っていた。
だから、初めて携帯を持てたとき、アヤノは自分とマヤのつながりがさらに強くなるような気がした。

“ピロリロリン”

またメールの受信を携帯が知らせてくる。しかし、今度は登録されていないアドレスからだった。

「…誰だろう?」

見覚えのないアドレスにアヤノは首を傾げた。携帯を開いて、メールボックスを確認してみる。


[件名]七塚学園通信特別号


「…学校から?」


[本文]
七塚学園高等部新入生の皆さん、ご入学おめでとうございます。

この七塚学園通信は七塚学園に通う生徒及び教職員にむけて発行するメールマガジンです。
私は七塚学園通信編集部の編集長をしている教員の遠山サクラです。よろしくお願いしますm(_ _)m

さて、明日はいよいよ高等部の入学式ですね。皆さんはちゃんと準備をしていますか?
私たち教員もしっかりと準備を進めています。皆さんの新しいスタートをより良いものにするために、頑張っていますので、期待していてください(・∀・)

それでは、また明日。



「…こんなのあるんだ。」

そういえば入学説明会のとき、アンケートにアドレスを書いたなぁと思い出して、アヤノは納得した。それにしても、学園独自のメルマガがあるとはユニークである。

「なんか…楽しみになってきた。」

ちょっとワクワクした気分でアヤノは明日のために鞄の中身を準備する。ついでに部屋の中も少し掃除して、新しい生活が始まるんだという気持ちも高まった。
それからは普段通りに時間が過ぎ、アヤノは明日を待ち遠しく思いながら眠りについた。
…そして、朝。7時45分。

「…え?」

何度も目をこすって見直すアヤノ。だが、時計は変わることなく7時45分をさしていた。

「うそっ?!遅刻!!」

叫ぶと同時に起き上がり、アヤノは慌てて真新しい制服に着替える。そして鞄をつかむと部屋を出て、リビングへ。

「お母さん!何で起こしてくれなかったの?!」

朝食の用意をしていた母親に文句を言いながら、席についた。母親はのんびりとスープを皿によそいながら言った。

「だって入学式は10時からでしょう?まだ時間あるじゃない。」

「それは保護者が行く時間でしょう?!生徒は8時半には登校しなきゃいけないの!!」

そう言うとアヤノは急いでスープを飲み干し、トーストを口にくわえて玄関へと走った。

「いっふぇひわーふ。」

靴を履き、鞄を持って玄関の扉を開ける。門を出て、バス停にむけて走り出した。

“お母さんったら、本当にぬけてるんだから!”

アヤノはイライラしながら道を走る。周りに注意を払う余裕もないくらいに全速力でバス停を目指した。

「うわっ」「きゃっ」

二つ目の角を曲がったところで、前を歩いていた人にぶつかってしまった。かなり勢いがついていたらしく、そのまま二人とも転んでしまう。

「アイタタ…。」
「ご、ごめんなさい!大丈夫ですか?!」
「…もしかして、アヤノ?」
「へ?…ハル?!」

なんとぶつかった相手は昨日会ったばかりのハルだった。アヤノはすっかり気が動転してしまい、しばらくポカンとハルを見つめていた。

「あのさ…どいてくんない?」

そんなアヤノに、ハルが遠慮がちに声をかける。それで我に返ったアヤノは慌ててハルの上からどいた。

「よっこらせっ。」

ハルは意外とおっさん臭いかけ声と共に立ち上がった。そして、制服についた砂を払うと「ほら」と言って、アヤノに手を差し出す。

「………。」
「ん?どうした?早く立ち上がれよ。」

再び呆けたようになってしまったアヤノにハルは首を傾げる。

「あ…ごめん。ありがとう。」

やっとハルの手に気がついたアヤノはその手を支えに立ち上がる。それから、じっとハルのことを見る。

「…なんだよ。」

あまりにもじっとアヤノが見つめてくるので、ハルは居心地悪そうに顔をしかめる。

「あのさ…それ、七塚の制服、だよね?」

アヤノはハルの服装に視線をむけて言った。ハルは怪訝そうに眉をひそめて頷いた。それからアヤノの制服を見て、目を丸くする。

「あ!アヤノも七塚なのか?!」

デカいハルの声に驚きつつ、アヤノはコクンと頷いた。

その後、二人は一緒にバス停まで走ったが、当然間に合うはずもなく、入学初日から二人揃って遅刻したのは言うまでもない。