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「ふーん。そんなことがあったんだ。」
楽しそうに話すアヤノをマヤは笑って見ていた。
あの事件があってから数日後の日曜日、二人とも学校は休みだし、新しい生活について話したいし聞きたいからと一緒に遊ぶことにしたのだ。
「でね、ホントに私、ビックリしちゃって、またえー?!って叫んじゃったの。そしたら二人に声が大きすぎるって怒られちゃった。」
場所は小高い丘の上にある桜の木の下だ。アヤノが初めてハルに出会った場所である。
「それから、ヨシノさんが理事長室専用の校内放送用マイクを出してきたの。それで私に原稿用紙を渡して、これに書いてあるとおりにしゃべってほしいって言われてね。」
あれからアヤノは校内放送で会場の人たちに事情を説明した。もちろん、ヨシノが理事長だということは隠したまま、ハルが無事なこと、すべては余興としての事件だったということを原稿通りに言ったのである。
生徒たちはその説明に疑問を持つ者もなく、ただの余興だったのか、人騒がせだなぁもう。とか言いながら納得したらしい。
「ヨシノさんは理事長として挨拶したんだけど、顔を出すわけにはいかないから声だけだったんだ。」
もともとヨシノは不自然じゃなく、音声だけの挨拶をするために今回の事件を起こしたのである。挨拶の原稿も完璧で、生徒たちの不信を招くことはなかった。
「ふーん。でもそれ、私に話していいの?理事長の正体はだれにも秘密なんでしょ?」
マヤが少し心配そうに言った。アヤノは笑って答えた。
「学園の生徒には、ね。マヤは他校生だから私とハル以外の学園の生徒に話さないって約束してくれたら、それでOKなんだ。」
そう言ってアヤノは少し上目遣いでマヤを見る。約束してくれるかどうか聞きたいのである。
「へぇ。…わかった。私、約束するよ。」
「ありがとう!」
マヤは約束をちゃんと守ってくれるタイプなのでアヤノは安心して、嬉しそうに笑った。
「それにしてもすごいよね。まるで魔法みたい。」
「そうだよね。一人の人間が消えちゃうなんてビックリするよね。」
「いや、その話もだけど、アヤノもさ。入学式前はあんなにしょんぼりしてたのに、今はこんなに楽しそうに笑って話せてるじゃん。それってその、ハルって人のおかげじゃない?」
マヤに言われ、アヤノは初めてそのことに気づいた。確かにハルと出会ってから楽しかった記憶しかない。
「ハルと一緒だったから楽しいって思えるのかも。」
「そーだよ。きっとさ、アヤノに魔法をかけてくれたんだよ!」
そうマヤに言われた瞬間、なぜか心臓がドクンと跳ねた。それは本当に魔法にかかったかのようにドクドクと鼓動を速め、アヤノは自分でも戸惑ってしまった。
「あれ?…アヤノ?と、誰?」
不意に声をかけられ、アヤノの心臓はまた跳ね上がる。振り向けばそこには、コンビニ袋を下げたハルの姿がある。
「ハル?!え、なんで?」
「いや、だってそこ、俺の特等席だから。」
「え?もしかして噂のハルくん?あ、はじめまして!アヤノの友達のマヤでーす☆」
「あ、どーも。」
「もう!いきなり現れないでよ!心臓に悪いから!」
「は?…アヤノ、顔赤いぞ?大丈夫か?」
突然のことにアヤノの思考回路はいっぱいいっぱいだったが、ハルが心配そうに顔を覗き込むと、完全にショートしてしまった。
「うお!?どーした?!いきなり泣くなよー。」
ハルが困ったように眉を下げる。そんな二人の様子に何かを感じとったマヤはハルにこそこそと何事かささやいて、じゃーねーとその場を立ち去る。
「ちょ!!置いてくなよ!」
ますます困り顔のハルとひたすらに泣いているアヤノだけが桜の木の下に残された。ハルはため息を一つ吐くと、おもむろに手を伸ばした。そしてアヤノの頭にポンと手のひらを乗せる。
「…ふぇ?」
よしよしとアヤノの頭を撫でるハルを見上げる。予想外の行動に涙もビックリしたのか、止まっていた。
「…理由はわかんないけど、泣いてる女の子は慰めなきゃいけないだろ?さっきのお前の友達は頭撫でてやると落ち着くって言ってたから…。」
そっぽ向いて素っ気なくハルは言った。だが、その顔は耳まで赤い。そんなハルの態度がなんだか可愛くて、アヤノは微笑んだ。
「…ありがと。」
「いいなー。アヤノ、青春してるなー。」
様子を離れたところから見守っているマヤがつぶやいたのは二人には内緒である。